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屋敷にて 2
「ほら、きこえる?馬車が全速力で近づいてくる音がするわ。きっと、お父様たちね。どこかの勘違い女狐二匹が上手く取り入るでしょうから、クレメンティ家がいますぐどうのこうのということはないけれど、それも時間の問題ね。真実が知れれば、国を追放どころか斬首されちゃうでしょうから。いまの内に、この家からおさらばすることをお勧めするわ。って言いたいところだけど、あなたたちもグルだって言っちゃったから、命が欲しかったら王都から逃げだした方が無難かもしれないわね」
さらにさわやかな笑顔にして告げてやった。
たかだかメイドのことを、だれかに言うわけもない。だけど、うしろ暗い気持ちになっている彼女らにとっては、いまのわたしの言葉には充分危険な響きがこもっていたはず。
「じゃあ、わたしは行くわ。そうそう、長年いびってくれてありがとう。今後、どこかで再会することがあったら、ぶん殴るか蹴り飛ばすかしてあげるから覚悟しておいてね」
たぶんロージーという名だと思う方の女をにらみつけながら、恫喝してやった。
彼女は、蒼白な顔で後ずさっている。
そして、何事もなかったかのように踵を返すと自分の部屋に入り、扉を閉めた。
「ギイイイイッ」
先程思いっきり扉を開けてしまったときに、蝶番がおかしくなったのね。
閉めた際に、扉が断末魔のような音を立てた。
「アヤの部屋もこれで見おさめね。わたしはまた、家だけじゃなくすべてを失くしちゃった。でも、まぁいいわ。今度はあなたといっしょですもの。行き先もわかっているし」
窓に手をかけ、最後にもう一度部屋の中を見回した。
わたしがここですごしたのは長かった。
わたしは、ここ以外の世界を知っている。だけど、生まれたときからここにいるアヤにとっては、ここしか知らない。こここそが世界のすべてだといっても過言ではない。
「アヤ、ちゃんと目に焼きつけときなさいよ。じゃあ、もう行くわね」
そして、窓から飛び出して地面に音もなく着地した。
隠しているトランクを茂みからひっぱり出し、走りだした。
「アヤ、開けなさい」
「アヤ、扉をすぐに開けなさい」
うしろから、アヤの父親と義母の怒鳴り声がきこえてくる。
もう二度と振り返らない。
アヤとわたしの旅立ちは、慌ただしくもさっぱりとしたものだった。
どうやら、だれも追いかけてこないみたいね。
庭を横切りながら、だれも追いかけてこないことを確認した。
すると、門の方から馬車が近づいてくるのに気がついた。
やはり、来たわね。
だれが来たかはわかっている。アヤから教えてもらっているから。
ただ、ちょっと面倒くさいだけ。だけど、とりあえずはこの時間ですものね。今夜の寝る場所を確保出来た、と思えばいいかしら?
それに、いまから接触するだれかさんにも言ってやりたいことがある。
アヤにかわって思い知らせてやりたいって気がする。
月明かりの下、二頭立ての馬車がわたしに気がついて急停止した。
「アヤ、わたしの親友。傷ついただろう?何も心配はいらないよ。とにかく、わたしの屋敷に来るといい」
馬車から降りてきたのは、月よりも星よりもキラキラ輝く美形である。
なんでも、この皇都で三本の指に入るほどの美形だとか。だけど、彼はそれだけである。美形なだけ、というわけ。
もっとも、こんな美形はわたしの好みではないけれど。
長い金髪をうしろでまとめ、女性みたいに美しいというような容姿には、正直なところまったく興味がわかない。
「あら、ブルーノ」
アヤの幼馴染のブルーノ・ペルティである。伯爵家の長男でありながら、廃嫡されそうになっている困ったちゃん。
つまり、これまでアヤがいてかばっていたからこそ、追いだされずに皇都にいさせてもらっているのである。
目的を達する為、とりあえずは彼について彼の屋敷に行くことにした。
っていうか、彼の屋敷じゃないんですけど。
現伯爵、つまり彼の父親は健在なのだから。
「わたしも舞踏会に出席していたんだよ。それにしても、ひどい目にあったよな。偽聖女とか婚約破棄とか、何もあんな席で大騒ぎする必要などないじゃないか。せっかくの舞踏会だっていうのに、興ざめもいいところさ。後日に呼びだして咎めたって、遅くないだろう?そう思わないかい、アヤ?」
こいつもバカだわ。ズレまくっている。
こいつもアヤが偽聖女だということを信じている、というわけね。
このバカには何度か会っているけど、会うたびにバカさ加減がアップしている気がする。
アヤの忍耐力と寛容さは、まさしく聖女レベルね。
このバカと幼馴染でいろいろかばってやったり守ってやったというだけで、彼女が本物の聖女だって証明になるわよ。
一般的な聖女や神官といった良識ある人でなければ、こんなバカとは付き合えないでしょうから。
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