しょうもない特技

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しょうもない特技

 職員室のある南棟には、父兄や学校関係者が出入りする小洒落た玄関がある。正面の狭いロータリーの中央には、常に手入れが行き届いているそれはそれは小さな庭園があった。  古墳を思わせる盛土状の小山にびっしりと敷き詰められた苔。その上にはおにぎりに似た大きな石が飾られている。石の隣には冷たい風に揺れる真っ赤に色付いた紅葉(もみじ)が、昨晩の雨に濡れたロータリーの一部を鮮やかな(あか)に染めていた。  毎年十月は、文化祭に向け、出し物を決めなければいけない忙しい月である。東低(とうてい)高校では、文化祭の出し物を生徒たちが自由に企画して良い、という伝統になっており、個人出店でも良し、少人数のグループ出店でも良し、音楽、歌、お店、何をしても良しとされていた。  そんなある放課後のことである。東低高校二年、今野(こんの)与一(よいち)(17)は、仲の良い三人と出し物について話し合っていた。  校庭のグラウンドはロータリーから二メートルほど下がった位置にあり、土手で繋がっている。四人は土手の階段に座っていた。 「どうする?」小柄でショートヘアの優里(ゆうり)が訊く。 「あたしは得意なものを活かした出し物にしたいなぁ」そう言ったのは、黒縁眼鏡が良く似合う明菜(あきな)だ。彼女は炭酸飲料が入ったペットボトルのキャップを外し一口飲む。 「得意なものっていうと、特技とか?」と言ったのは、ボール用のネットに入ったサッカーボールをつま先に乗せ、器用にバランスをとる小太郎だった。 「私の特技はピアノで、小太郎はサッカーでしょ。明菜はなんだっけ?」 「あたしは料理よ」 「特技を活かすって、ナイスなアイデアだね」与一が答えた。すると何故か非難の声が上がる。 「お前の特技は活かせないだろ」 「今野君の特技はちょっと無いかなぁ」 「そうね、()っちのはちょっと厳しいんじゃない」 「え、え、僕の特技ってそんなにダメ?」  三人の真っ直ぐなダメ出しを浴びた彼の特技はこうだった。 『二メートル先に立てた縫い針を狙って、自らの髪の毛をダーツのように飛ばし、その縫い針の穴に通す』  この特技を知っているのは、ここにいる友人と与一の家族くらいである。小太郎、優里、明菜が続けて思いの丈を述べる。 「それを見て、誰が喜ぶんだよ?」 「そもそも、その特技って何かの役に立つの?」 「それ以外に何か取柄とかないの?」 「い、いやぁ……特に秀でたものは──無いかな」  与一は頭を掻き、引き()らせた顔で笑顔を見せる。
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