領主の娘と見習いの騎士

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 意識のないアドニスをどう連れていくのか実はなにも考えていなかったのだが、カーライルは彼を片腕で軽々肩に担ぎあげると森の茂みを先頭切って踏み込んでいった。  利き腕に酷い傷を負いながら男ひとりを担いで足元の不確かな森の中を進む彼の後ろをついて歩きながら、彼に全ての負担を強いてなにもできない己の弱さと提案の浅はかさを噛み締める。  火も焚かずに一晩森で過ごすと、朝にはアドニスも意識を取り戻した。  鉄甲で打たれた左こめかみの傷は酷く腫れあがって視界を塞いでいたが、私が手を引けばなんとか自力で歩けるようだ。  城にはもう戻れない。  おそらく町にも敵兵が出回っているだろう。  敵が何者なのかもわからない以上、うかつに近隣の領主を頼ることもできない。  どうするべきか方針が決まらないまま三日が過ぎた。  治療はおろか応急手当も満足にできない状況でふたりは明らかに変調をきたしている。  無傷の私も、なんの訓練経験もないまま森で手に入れた僅かな食糧で道なき道を四日目ともなると疲労は限界だった。  少し休もうと腰をおろして、そのまま誰ひとり立ちあがれなくなる。  このまま死ぬのかしら。  ぼんやりとそんな考えが浮かぶ。  私はどうすればよかったのだろう。  アドニスを置いて逃げればもう少し進めただろうけれど、事態は好転しただろうか?  様子見に行こうとするカーライルを引き留めて一目散に城を離れていれば? でも後から町を訪れた敵兵に殺されていたかもしれない。  いくら考えてもなにもわからない。  彼らは私に命を賭すほどの献身を与えてくれるというのにそれに胸を張って応えられない。  ただ過去を振り返っては悔やんでいるばかりだ。  鬱屈とした気持ちの渦巻く意識がじわりと薄れていく。
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