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次に意識を取り戻したとき、そこは屋根の下だった。
“まつろわぬ民”の村。彼らは社会構造に組み込まれることをよしとせず独自の集落を作り助け合って生きる自由民たち。
この領にもそういった村が点在していると聞いてはいたが、こんな森の奥深くに住んでいたとは知らなかった。
森の中で狩りをしていたその村の住人が、死にそうになっている私たちを見つけて助けてくれたのだそうだ。
文字通り瀕死だったふたりも治療を受けて一命を取り留めた。
ただ、アドニスは右目を完全に失明、左目も視力のほとんどを失ってしまい今では薄ぼんやりと見える程度。
カーライルの右腕は腐りかけていて上腕半ばから切断せざるをえなかった。
騎士見習いである彼らが失ったものの大きさは、きっと私が想像する以上なのだろう。
善意に甘えて傷を癒す日々を送るうちに、森の外でなにが起きたのかを知った村人がやってきて今の状況を教えてくれた。
この土地を支配していた一族、つまり私の両親やその家臣たちは隣の領から奇襲を受けて騎士団は壊滅、兵士たちもほとんどが死ぬか投降して貴族たちは皆殺し。今は隣の領主の部下が治めているのだそうだ。
ようは侵略戦争が起きて私たちの領は負けた、そういうことだった。
「もう、帰るところは無いのね」
三人に貸し与えられた部屋の寝台に腰掛けて私と向かい合ったふたりは、その呟きに答えない。
彼らは今なにを思っているのだろう。
見習いとはいえ騎士として、その身を賭して主の娘を守り抜いた。
けれども仕えるべき主は既に亡くなり、目指していた騎士団も失われた。
彼らに残されたのはもはや取り戻せぬほどに傷ついた身体と私だけだ。
「これから、どうしたらいいと思う?」
私の言葉に、少し間があってカーライルが答える。
「このように申し上げるのは心苦しいのですが……友好的だった隣領へ庇護を求めてもどのような扱いを受けるかわかりません。名を捨ててどこか遠くの町で平民として静かに暮らされるほうが、恐らくは安全でしょう」
安全。それはその通りだろう。
「もし……私がそうするなら、あなたたちも一緒に来てくれる?」
私の言葉に、少し間があってアドニスが答える。
「平民として生きるのであれば俺たちのほうが足手まといでしょう。もちろんどこか良い土地が見つかるまではカーライルが送りますよ」
つまり安住の地を見つけたらそこでお別れと。
ふたりは本当に私のことを思ってくれているのだろう。領主の娘として、貴族としての生き方を捨ててでも私にとってよりよい明日について考えてくれている。
では私のことが終わったら、そのあと彼らはどうするのだろう。
今度こそちゃんと向き合わなくてはいけない。
私はふたりの様子をじっと見つめた。
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