領主の娘と見習いの騎士

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 瞳に強い意志を帯びたカーライル。  胸を張るように背筋を伸ばしたアドニス。  多くのものを失った彼らは、それでも失意や絶望、自暴自棄などとは無縁な、言うなれば覚悟のようなものを漲らせているように思えた。  もしかするとこれは独り善がりの自惚れかもしれない。  この絶望的な状況で、自分にそんな価値を認めるのに勇気が必要な程度には、私も慎ましいつもりだ。  けれども。 「もし、私が領の跡取りとしてお父様とお母様の仇を討ちたいと言ったら……ふたりはついてきてくれる?」  私は姿勢を正し、心身ともにふたりと向かい合って口にした。  彼らが私を守ったのは何故なのか。  彼らが私の安全を第一に考えるのは何故なのか。  そして。  彼らが私に勧める平穏への道へ、彼ら自身が向かわないのは何故なのか。 「それはお嬢様、茨と呼ぶも生ぬるい修羅の道になるでしょう」  カーライルが淡々と答えた。 「それはお嬢さん、地に這い泥水を啜って平民に嘲り笑われる道になるだろうよ」  アドニスが淡々と言った。 「そうね。でも我が身可愛さに全部に目を瞑って生きるなんて、領主家の生き残りとしてあんまりにも無責任だわ」  部屋を静寂が支配する。 「もう守るべきものはなにも無いけれど、それでもまだ私を主としてくれるのなら、あなたたちの力を貸してちょうだい」  彼らは私が同じ戦場に立つことを善意を持って望んでいない。  でも理解はしてくれたはずだ。彼らと同じ戦場に立ちたいのだと。  これは私が彼らに対して初めて発した意味のある意思表示であり、彼らが私から受け取った初めての主命とも言える。  ふたりは腰掛けていた寝台から降りて私の前に(ひざまず)いた。 「「ならば、たった今よりあなた様こそが我らの主です。なんなりとご命令を」」  領土も無く、民も無く、従える家臣はふたりだけ。  それでも、そう、今日から私は彼らの主となる。  みんなの仇を討って全てを取り戻すために、領主の娘と見習いの騎士、半人前の私たちは立ちあがる。
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