第一章 取材と怪談

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 思い出したのか深見は悲しそうに笑った。あの日のことは彼の脳裏に、心に、消せない傷として染み込んでいる。そして失った悲しみはもちろんのこと、忘れられないもう一つの理由があった。 「姉さんは自殺した後、俺の枕元に立った。何かに怯えていて、そして申し訳なさそうに泣いていた。衝撃的だったよ、はっきり視えちまったんだから。それが俺の人生初のオカルト体験だった」  深見は笑みを浮かべながらそう言った。悲しみよりも懐かしさの方が勝ったような微笑みだった。普通ならば恐ろしい経験のはずだろう。だが家族で、しかも大好きな人が死後に会いに来てくれた経験は恐怖体験ではなく思い出となる。 「姉さんは枕元に立っていた。そして暗い、怖いって怯えるように言うんだ。それから悲しそうな顔を向けて俺の頭をなでながらごめんねって何度も言うんだよ。あんな顔されたら嫌でも忘れられないし、だからこそ真実を知りたいって思うんだ。何に怯え、何に苦しんだのか。俺は、知らなくちゃならないんだよ」  深見がオカルトに傾倒するようになった原因。その体験があったからこそ、幽霊を信じたい、幽霊はいるんだと思っている。そうでなければあの日の出来事を否定することになってしまうから。  深見は振り返って後ろの霧島を見た。毎度のことだが何とも言えない表情になっている。この話をするといつもそんな顔になる。オカルトを信じない主義だが、否定するような言葉は言いたくないのだろう。板挟みのような感情が霧島の今の表情だ。  深見はその顔を見るたびに霧島の優しさを実感する。口が悪く、現実主義者で論理的で、ときに屁理屈屋。それでも相手の気持ちを慮れる人間だ。良い奴とは言えないが悪い奴ではない。だから今まで腐れ縁のような関係が続いているんだと彼は思っている。
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