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「そして現在の旅館経営一本になったと」
「そうです」
「ですが、今のように大きくなったのは現当主、息子さんである隆造さんのお力でしょう。経営者としての手腕が素晴らしかったのでしょうね」
「そんな大げさです。運が良かっただけです。大したことじゃありませんよ」
「隆造さんも同じことをおっしゃっていました」
「思い上がるな、常に周りに感謝しなさいと言い聞かせておりますからねえ」
上品に口元を押えて笑う大奥様。それでも瞳は常に二人を見ていた。まるで値踏みしているかのような視線に深見も霧島も緊張を強いられる。変なこと言えばすぐにでも機嫌を損ね、ここを追い出されかねない、そんなことが頭をよぎる。表裏のある人だと聞いていたのでなおさらだった。それほどまで目の前の小柄の老婆から強い威圧感を受けていた。
これが名家の人間、豪商水無月家の人間という事か。
客間の戸は開け放たれていて外の様子が伺い見えた。雨はより一層激しさを増したようで地面を強く弾いている。
深見はここで覚悟を決めて例のことを尋ねてみた。今この時を逃せば二度と聞けないように思えたからだ。
「水無月家は歴史も長い。そうなると変な噂も出るんじゃないですか?」
「変な噂とは?」
「歴史ある家にありがちなことです。女性の叫び声が聞こえるとか、そういう怪談のようなものです」
「あらあら、水無月の家にもそんな噂が? 初耳ですねえ」
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