第一章 取材と怪談

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 深見は言い終わらぬうちから空気が変わっていくのを感じ取っていた。ひりつくような、刺すような、空気を通して何かが肌を刺激する。一体何が、俺は何か変なことを言っただろうか。訳が分からなくともこれだけは分かった、自分は地雷を踏んだのだと。  深見はおそるおそるキヌを伺い見た。途端に彼の顔が引きつる。  目の前のキヌは先ほどとはまるで違う様相を呈していた。先刻までは上品なおばあさんという印象だった彼女はもうどこにもおらず、顔は歪み、目は怒りからか赤く充血していた。骨ばった拳は震えるほど固く握られ、怒りと憎悪がその小さな体から大きくにじみ出していた。  豹変の原因は雪子の名を出したこと。その名が彼女の逆鱗に触れたのだ。 「あの女の話などしたくありません。あんな女は水無月の人間ではない」  キヌの辛辣な言葉に二人は目を丸くする。一気に張りつめる空気。衣擦れの音さえもしない室内は雨の音がより鮮明に耳へと届いてくる。  深見は場を取り繕おうと口を開きかけた。謝るなり何なり何か言わなくては。しかしそれよりも先に閃光が走った。その数秒後雷鳴がとどろき家を揺らす。腹の底に響いてくる轟音は彼から言葉を奪っていく。
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