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光と音以外、全てが止まったかのようだった。部屋の中で動く物体は皆無である。息を吸うことさえも忘れそうになる鉛のごとく重い空気。その間、幾度も雷光が走り抜け雷鳴を連れてくるが、この場を動かすほどの力は無かった。
再び大きな雷鳴が場を揺らした。その瞬間深見は息を飲む。驚いたのは雷の音にか、それとも、雷光によって照らし出された老婆の姿か。フラッシュをたいたがごとく光る室内に、キヌの影が大きく浮かび上がる。床の間に映った大きく黒い影はまるで角を生やした憤怒の鬼のように見えた。
時が消え、永遠にも思えた静寂。しかし永遠などこの世に存在しないのと同じように、沈黙もまた破られる運命にあった。静寂というのは音によって消え去るもの。力ある音を発したのは意外にも霧島だった。勇気があると言うか命知らずと言うか、霧島は憤怒の形相のキヌに臆することなく対峙する。
「なぜ、なぜそこまで彼女を嫌っているんですか? そこまでの怒り、それ相応の理由があるんでしょう?」
「あの女は水無月家の名を汚した」
「それは夜遊びのことですか? 夜な夜な町に出て遊んでいたと聞きましたが」
「…………」
互いの腹を探るような雰囲気に深見は針の筵に座っているような気分だった。怪談の真相を探りたいとは思っていたが、思わぬところにこんな地雷があるとは。しかしそれは雪子という存在に、より一層の好奇心を抱かせることにもなった。
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