第一章 取材と怪談

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第一章 取材と怪談

1 雲が重く垂れ込めている。  薄墨で塗りたくった空に湿り気を含んだ風、それは容易にのちの降雨を予想させた。  確か朝の天気予報では、夕方から大雨の予想だった。この様子だと早めに雷雨がやって来るかもしれない。  深見信一(ふかみしんいち)は空を見上げながら小さく舌打ちをした。仕事は夕方までには終わる予定だが、雨男のせいなのか、こういう場合降られることの方が多かった。  今いるのは地方都市の更に奥まった所にある田舎町。昔ここは旅人が多く通る街道だったらしく、江戸時代からの建物も数多残る風情ある町だった。当時はきっと賑わっていたのだろう。道の両サイドに茶屋や旅籠が並び、活気ある声が四方八方から聞こえてくる、そんな情景が歴史に疎くても思い浮かんでくる。時折観光バスもやって来るので、他に何も無い町の貴重な観光地と言えるだろう。  深見は自分の町にこういう所があるのは知っていたが、訪れたことは今まで無かった。しかし地元民とはそういうものだろう。観光客が来る所などめったに足を運ばない。地元新聞の記者をしている彼だったが、取材でもなければ来なかっただろう。  深見の今回の目的地はこの街道を抜けた更に山奥だった。車で直接向かえたが、やはり歴史ある町をこの目で見たく、町の入口の駐車場に置いて徒歩を選んだ。  深見はカメラを構え、街道沿いを撮影する。今日はある人物の取材なのだが、この場所にも縁ある人なので、撮っておいて損は無いだろう。確かに情緒あふれる光景だ。カメラに切り取られた景色は一種の浮世絵のようで、なぜ今まで来なかったのかと彼の中で少し後悔がよぎる。
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