ラストダンスは君と

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こうなることはパートナーを譲った時から薄々予想はしていたが、稲葉さんと礼央が南高ダンスの練習をした事はあっという間に校内の噂になった。 「稲葉さん、すごいよね。あんなのみんなの前で告白したようなもんじゃん」 「まぁ・・・確かに」 「やっぱさ、もう時間がないって分かったから、背に腹はかえられない・・・ってやつなのかもね」 桃はまた他人事のように呟くと、次の時間に備えて英語の教科書に目を落とした。稲葉さんは相変わらず一人で、何事も無かったかのように自分の席に座っている。そんな稲葉さんを見て、ヒソヒソと噂話をする人が何人かいたが、彼女は全く気にしていないようだった。病気が稲葉さんを強くしたのか、それとも私が気付かなかっただけで、元々彼女は強い人だったのだろうか。よく分からないけど稲葉さんは私達とは全然違う、遥か別の次元に生きているような気がした。一緒にいる時間の長さがけが取り柄の、(こじ)らせているだけの私の想いは、別次元の稲葉さんに太刀打ちできるのだろうか。稲葉さんとのことを色々聞かれて困ったように笑う礼央は、もしかしたら満更でもないのかも知れない。 結局雨は放課後まで止まなくて、私はまたタータンチェックの傘を広げた。バイト先に行くために、学校の近くのバス停を目指して濡れたアスファルトを蹴る。灰色の空とジメジメとした雨の匂いは、まるで私の心情そのものだった。 「なずな!」 下を向いて歩く私に、太陽みたいな明るい声が降り注ぐ。恐る恐る顔を上げると、ピシャピシャと大きな水音をたてて、礼央が近付いてくる。 「今からバイト?」 「うん」 当たり前のように隣を歩いてくる礼央。いつものことと言えばいつもの事なのだか、今日は何だか一緒にいたくなかった。 「何?」 「え?」 「何も用がないなら、先に行って。今、一緒に居たくない」 私の言葉に礼央は驚いた顔をして、まいったなと喉の奥で唸った後、今度は困った顔で頭を掻いた。 「何か・・・怒ってる?俺、何かした?それとも・・・ヤキモチとか?」 「は?何言ってんの?馬鹿じゃない」 私は真っ赤になった顔を礼央に見られないように、早足で歩く。水溜まりが跳ねて泥水が足にかかったが、そんなの気にしていられなかった。
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