ラストダンスは君と

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好きな人と踊ると恋が実るというのはもう一昔前の話だが、私はこの偶然を密かに喜んでいた。南高ダンスはそんな難しくないフォークダンスだか、男女はしっかり手を繋いで踊る。他の女の子が礼央に触れる所なんて見たくなかったので、自分がパートナーで本当に良かった。そう思っていたのに。 「黛さん、お願いがあるんだけど」 練習前のザワついている体育館で、稲葉さんがペアの五十嵐(いがらし)君と共にやって来た。 「私達、今日だけペア交換して練習しない?」 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。 ペアを交換して練習する?一体何の為にそんなことをしなければならないのだろうか。 「え?どうして?」 私が戸惑いながらそう言うと、稲葉さんは少し怖い顔をして続ける。もっと色々察しろという雰囲気が、ビシバシと伝わってくる。 「私、正直、いつ学校に来れなくなるのかも分からないし、体育祭の本番も出れない可能性が高いの。だから少しでも日常生活で、いい思い出が作りたくて」 「なずなちゃん、そういうことだからさ、今日だけ、いいかな?」 礼央と踊ることが、稲葉さんにとっていい思い出になる。そのことが何を意味しているのか、礼央と私はやっと理解して、二人で顔を見合わせた。正直、断りたかった。しかしここで断ったらめちゃくちゃ嫌なやつだし、何より自分も礼央が好きだとクラス全体にアピールするようなものだ。私は心臓がきゅっと傷んだが、喉の奥から必死に声を絞り出した。 「私は・・・別にいいけど。礼央は?」 「俺も・・・まぁ、今日だけならいいけど」 私達には、もうこう答えるしか選択肢が無かった。当然、稲葉さんの行動にクラス全体がザワついたが、あんな風に言われてしまったら、誰も何も言えなかった。 いつ死ぬか分からないから、せめて好きな人と最後に踊りたい。 正直、稲葉さんの気持ちは分からなくも無かった。命の期限が見えてしまった今、最後に何が出来るのか考えてしまうのは自然なことだろう。それなのに私は、ダンスのパートナーを譲ったことに、何故かとてもモヤモヤしていた。まるで大切にしていたオモチャを、お姉ちゃんだから我慢しなさいと妹に取られたような、そんな気分だった。 「ごめんね、なずなちゃんも礼央と踊りたかったのに」 「え⁈いや、私は別に・・・」 「でも俺、稲葉さんに必死に頼まれちゃって。なんか可哀想で断れなくてさ」 五十嵐君は礼央の親友で、ヤンチャでリーダーシップがある礼央とは正反対の、穏やかで優しいお兄さんっていう感じの男の子だ。 「全然、私は大丈夫だから。気にしないで」 「今更、隠さなくても大丈夫だよ。俺と桃ちゃんは分かってるからさ、なずなちゃんの気持ち」 そうやって柔らかく笑う五十嵐君の顔を、私は恥ずかしくてちゃんと見ることが出来なかった。そして五十嵐君は、また今度、別な所で協力するからと、踊りながら私の耳に囁いたのだった。
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