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「ごめん、ごめん。怒んなって」
「別に怒ってないってば」
「稲葉さんとは、その・・・何でもないから。あっちの気持ちは分からないけど、少なくとも俺は恋愛感情とか、そーゆのはないから」
「それ、私に言ってどうするのよ」
「いや、なんていうか、なずなには知っておいて欲しくてさ」
「・・・なんで?」
足を止めて傘の中から礼央を見ると、耳まで真っ赤にしていた。視線が合うと、この世で二人しか存在していないような、時間が止まったような、不思議な感覚に陥る。しかし礼央の大きな手が私の頬まで伸びてきた所で、プシューと少し先のバス停にバスが止まったのが見えた。
「ごめん、礼央。あのバスに乗らないと、バイト、間に合わなくて」
「あ、うん、ごめ・・・」
礼央が全部言い終わらないうちに、私はバスに向かって走り出す。耳がポカポカと熱くて、心臓はうるさいくらいにドクドクと音をたてている。それは走っているからなのか、礼央のせいなのかよく分からないまま、私はバスに飛び乗った。息が弾んで、胸が苦しい。窓の外を見ると紺色の傘をさした礼央が、軽くこちらに手を振ってくれた。それを見て、また心臓がぎゅっと痛くなる。
『バイト頑張って。また明日』
震えるスマホを見ると、礼央からメッセージが届いていた。私はなんて返せば良いのか少し悩んだ後、また明日と言っている猫のスタンプだけを送った。
もしあの時、バスが来ていなかったら、私と礼央はどうなっていたのだろうか。恥ずかしくて息が出来なくて、思わずバスに向かって走り出したけど、そのことを少し後悔していた。バイトなんて遅刻しても良いから、あの時もっと礼央と居れば良かったかも知れない。
私がそんな風にぐるぐると考えてしまうのは、稲葉さんがあの日を境に積極的に礼央にアピールしているからだった。
「これ、ありがとう。凄く良かった」
「あ、うん」
「他にもオススメとかあったら教えて?」
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