ラストダンスは君と

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こういうのは、助けたら絶対自分も標的される。私も桃もそれがよく分かっていたから、可哀想だねと話しながらも、特に何もしなかった。それが自分を守る一番の方法なのだ。 しかし人生というのは、思い通りにいかないもので。事件は唐突に起こった。稲葉さんが倒れてから一週間後の体育の時間。この日もまた、太陽の日差しが強い暑い日だった。私達は十月に迫る体育祭に向けて、それぞれ出る種目の練習をしていた。前回の百メートル走でタイムが良かった私と礼央は、クラス代表リレーの選手に選ばれ、他のメンバーと一緒にバトンパスの練習をしていた。 「なずながビリでバトン渡してきても、俺がごぼう抜きしてやるから、安心しろ」 「何言ってんの?元バスケ部の俊足を舐めないでよ?」 相変わらず、色気の欠片もない会話を礼央と繰り広げる。この位置は心地が良いけど、それと同じぐらい息苦しい。 「先生、大変!また稲葉さんが!」 校庭に大きな声が響く。その瞬間にフラッシュバックする、一週間前の光景。 隣にいたはずの礼央は、あっという間に横たわる稲葉さんの所に走り出していた。一体何を思ったのか、私もそんな礼央の後をダッシュで追い掛けていた。地面に倒れた稲葉さんは、一週間前と同じように青白い顔をしていた。礼央は何の躊躇もなく、また稲葉さんに手を伸ばす。 「ダメ・・・松谷君。また噂されちゃうから・・・」 稲葉さんは薄らと目を開けると、遠ざかる意識の中で必死に礼央を拒否していた。 「大丈夫・・・立てるから。一人で保健室行けるから」 力なくそう言うと、呼吸が荒くなって苦しそうにしながらも、稲葉さんは上半身を起こそうとする。 「大丈夫?私が一緒に保健室行くよ。ほら、掴まって」 私は礼央の前に立って手を伸ばし、稲葉さんの弱々しい体を支えた。これ以上、礼央と稲葉さんが親密になっていくのを見ていられなかったのだ。偽善者にすらなれない、自分勝手な気持ちによる行動だった。 「わたしも手伝うよ!」 私が手を貸した反対側を、勢い良く出てきた桃が支えてくれた。桃はやっぱり優しい。そうやって私達は、なんとか二人がかりで稲葉さんを支えると、ゆっくり保健室に向かって歩いた。心配そうに見守る礼央の視線と、面白くなさそうに見てくるいじめっ子達の視線を同時に感じて、体に穴が空くかと思った。今度のいじめのターゲットは、私になるのかも知れない。
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