chapter⑫

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見慣れた実家の前、目を伏せながら横切る。 ほんの数時間前のことを思い出しては心苦しさを覚えながら和幸の自宅前まで到着した。何食わぬ顔で扉を開けて中へと入る和幸に促されて慎文も玄関先へと足を踏み入れる。 「母さん、ただいま」  靴を脱ぎながら和幸は玄関廊下奥のリビングにいるのであろう母親に声を掛けていた。 和幸が声を掛けて間もなくして、奥の開かれた扉から和幸の母親が顔を出してきた。相変わらず和幸同様に綺麗な容姿は変わらないが、慎文は母親を見留めた途端に身体が竦み上がっていた。玄関で立ち止まったまま動けずに、両手を組んで俯く。 「あら、おかえりなさい」  母親が掛けた声に反応せずに和幸は靴を脱いで中へと入って行ってしまう。心細くて「待ってよ」なんて叫んでみるが、そんな慎文の気持ちなど知らない和幸は颯爽とリビングへと消えて行ってしまった。  おばさんと二人きりで玄関先に残され、慎文は慌て会釈をする。 「慎文くんもあがりなさい?お隣さんだけど中々会う機会がないから、年末の集まり以来かしら?」  柔らかい物腰で微笑まれて、先ほどまでの極度の緊張が少しだけ解れる。和幸が大丈夫だと言っているのだから心配する必要がないことが分かっていても、後からのどんでん返しが恐ろしくて気が抜けない。  慎文は履物を脱いで、深々とお辞儀をすると、和幸の母親に案内されるように彼の待つリビングへと入った。  中に入ると和幸が堂々と食卓テーブルに座っている。 真っ先にキッチンへと向かった和幸の母親を横目に、慎文は彼の隣に腰かけた。  グラスに注ぎ終えた麦茶をお盆に乗せ、「それにしてもビックリしたわよ。慎文くん」と陽気に喋りながら、各々の前にグラスを置いていく。 「おばさん、ごめんなさい。俺、あの……」  和幸がある程度二人の関係を説明してくれていたとしても、彼のことを愛している身としては自分の口から話さなければならない。 「いいのよ。和幸からある程度の話は聞いたわ。結構前から慎文くんが和幸のことが好きなんじゃないかって何となく感じていたから」  膝の上で拳を握り、言葉を詰まらせているとおばさんが微笑んできた。そんな彼の微笑みとは裏腹に慎文は予想外のことを小突かれて動揺する。隠していたつもりではなかったが、和幸の母親に和幸に対しての気持ちを気づかれていたのかと思うと、冷や汗をかいた。
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