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木製の小屋には薄茶色の胴体に白い斑点模様の牛が柵の中で飼われている。自分が此処に居た頃に名付けていた「カズユキ」とはこの牛のことだった。
子牛だったカズユキは三、四カ月見ないうちに大きくなり、大人の牛と並ぶほどの成長を遂げていた。
つぶらな瞳が慎文の顔を映す。慎文は愛着のあったその牛に駆け寄ると両手で覆うように牛の頭を撫でた。
自分が可愛がってお世話をしていたのに、途中で投げ出すことになってしまったことに申し訳なく思いながらも、毛並みに艶があることから誰かが面倒を見てくれていることに安堵した。
「慎文、向こうでちゃんとやっていけているのか?」
カズユキとの久しぶりの再会に浸っていると、背後から兄に話し掛けられて振り返る。
「うん、今は花屋で働いてる。パートだけど」
「そうか……」
街の方へ暮らすようになって、問題なのは仕事だった。
貯金は充分にあったし、和幸の給料で暮らそうと思えば無理ではない。
だからといって、和幸のいない日中に暇を持て余していた慎文は、散歩がてら通った大学近くの花屋に目が留まり、そこで働くことになった。
母親と専門学生の息子と家族経営で営んでいるお店は慎文にとっては親近感があり、花のことが無知であった慎文でも直ぐに馴染むことができた。
種類は違えども、生き物を管理することに慣れていた慎文にとっては苦ではなく、人柄の良い店主の百合さんとその息子と楽しく過ごすことができていた。
「先月は帰ってこなかったらしいな」
「うん。丁度お盆の時期だったから、お店が忙しくて……。でも、どうせ帰ってきたところで追い出されていただろうけど」
半ば諦めかけていた週一の実家訪問。
八月に入ってからは丸々会いに行くことが叶わなかった。八月に入ると慎文の職場は猫の手を借りたいほど忙しくなる。
帰省するには連休を取らざる負えなくなる以上、休みを取得するのは気が引けてできなかった。
今月も何処かで行きたいと和幸と話していたが、丁度すれ違いで和幸の職場も慌ただしく、休み返上なんてこともあった。
親父がさ、この間『慎文と和幸くんは元気でやってるのか』って珍しく俺に聞いてきたんだよ」
「えっ?」
「だけど、俺すらお前らと連絡はとってないって返したら『そうか……』て寂しそうな顔してたな」
てっきり自分たちのことなんか煙たがっていたものだと思っていた。あの父親が自分達のことを気に掛けていることなんてあるのだろうか。けれど、兄が嘘を言っているとは思えなかった。
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