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「母さんもあの時はヒステリックになっていたけどさ、井波さんの奥さんが何度も家に来たらしくてさ、話しているうちに少しは考えを改め直したみたいだぞ」
自分の知らない間に風向きが変わってきている。
週一で通っても和解を得られずに何度も落ち込んで帰ってくることがあった。
半ば諦めながらも現状では和幸と一緒に暮らせているだけで充分だと云い聞かせていた。しかし、家族に認めて貰えない悲しさは感じていた。
和幸の母親は自分達の背中を全力で押してくれている。
「一度帰ってみたらどうだ?」
兄の提案に地面を見つめて考える。可能性を信じてみてもいいだろうか。
「親ってもんは、どんなに勘当だとか言っても、自分の息子は可愛いから受け入れるもんだろ」
あんなに「やめとけ」と言ってきた兄の心が解かされ始めていることに驚きを隠せなかった。
目を見開いて康孝に向かって目線を向けると、少し離れた位置できまりが悪そうに頭を掻いていた。
「お前って羨ましいくらい人懐っこくて好かれてんだなーって思ったよ。俺もさ、奥さんに怒られたんだ。『慎文が何年も通い続けるくらい好きだった子と両想いになったって言うのに世間体を気にして性別ですべてを決めてしまうなんておかしい」ってさ、誰を愛そうとも慎文は慎文だってさ……」
和幸と会う前、康孝の奥さんに背中を押されて出てきた。
なかなか振り向いてくれない好きな人の話をしたら「試しに恋人になってみればいいんじゃない?」と提案をしてくれた彼女。
彼女の助言がなければ恋人ごっこなんてしようと思わなかった。
結果的には『ごっこ』は上手くはいかなかったが、和幸と本当の恋人になれたのは彼女のおかげと言っても過言ではない。
片想いの相手が同性だと伏せてはいたが、事情を知っても尚、応援してくれていたと知って素直に嬉しかった。
「まぁ、今のお前は幸せそのものの顔をしているしな。俺は負けたよ」
「兄さん……」
「だけど、和幸と一緒になっても定期的に実家には帰って来いよ。でも、みんなの反対を押し切ってまで出て行くんだから泣き言、言ったら許さないからな」
「大丈夫だよ。俺、今が一番幸せだから」
慎文はそんな康孝に向かって笑顔でそう告げる。何処か寂しそうな表情をしていた康孝を見て胸がズキンと痛んだ。自分の意思のために皆に迷惑かけをかけたし、こうやって真剣に悩みながらも受け入れてくれた。だからこそ自分は和幸と絶対に幸せにならなくちゃいけないと強く思った。
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