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慎文の職場から待ち合わせの珈琲店まで徒歩で二十分。
店を出てスマホを確認したら既に近くで待っていると言うので途中の横断歩道の信号に焦らされながらも、目的地へと一目散に向かった。
オフィス街の近くにある、木製扉にお洒落な雰囲気のある喫茶店。中へ足を踏みいれると、店の奥にある二人用のテーブル席に彼の姿を見つけた。珈琲を飲みながら読書をしている愛おしい和幸の姿。
「和幸、お待たせ」
出迎えてくれた店員さんに連れがいることを告げると花束を背面に隠して和幸の座席の方へと向かう。
「おう、大分早いんじゃないか?」
慎文の声で顔をあげた和幸は、本から顔をあげると腕時計を見ていた。
「少し早くあがらせてもらえたんだっ」
「そうか、じゃあ。早めに行くか」
本を通勤鞄の中に仕舞うと和幸は座席から立ち上がろうとする。慎文は慌てて彼の肩を押して座り直させると、背中に隠していた花束を差し出した。
「待って。和幸、はい」
「なんだそれ」
真っ赤な薔薇の花束を見るなり、和幸は目を丸くして唖然としている。その表情を見て、慎文の口元が綻んだ。サプライズが成功っていったところだろうか……。
「和幸のために俺が束ねた。今日は特別な日だから」
「特別な日ってお前の誕生日だろ。何で俺に花束なんだ」
「それだけじゃないじゃん。明日、俺と和幸がちゃんと正式に一緒になれる日じゃん。その前にちゃんとプロポーズしたくて」
兄の所へ行った秋の日、すぐに実家へと向かった。
和幸が同席している中ではあったが、家に上げて貰えて父親からはどういう風の吹き回しか「完全に容認したわけじゃないが、向こうの家には迷惑かけるなよ」と厳格な表情をしていながらも、口調は柔らかかった。
母親には「今度和幸くんも連れてくるのよ」と漸く二人の関係を認めて貰えたようで、慎文は思わずその場で涙ぐんでしまった。
後日、両家で食事の席を設けて正式に家族に認めて貰えたのが秋も終わる頃の話。市役所で正式に家族になる日は自身の誕生日にしたい考えていた慎文は、和幸と話し合い、二十五日にすることにした。
今日はその前当日。慎文自身は半休をもらう形になってしまったものの、和幸はそのために有休を取って待っててくれていた。
「そういうのは俺がすることなんじゃないのか?」
差し出した花束を受け取ろうとせずに、怪訝そうな顔をして慎文を見つめる。きっと和幸のことだから遠慮しているのだろう。
和幸はいつまでも引きずる性格だから、慎文を傷つけてきたことを気にしている。彼自身の誕生日にプレゼントを贈ったときも躊躇していたことがあった。
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