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「和幸はいいの。俺がしたいから用意したんだから受け取ってよ。あ、でも。ちょっと待って……」
こんな珈琲店でなんてムードも欠片もないが真っ先に言いたい。
「井波和幸さん。貴方のことを愛してます。俺と生涯一緒にいてくれませんか?」
花束を差し出しながら改まった言葉で口にするのは恥ずかしい。
いつものように砕けた言葉で好きと言ってしまいたい気持ちを堪えて目の前の和幸に告げる。すると、向かいの和幸の顔が見る見るうちに真っ赤になっていくのが分かった。
「お前っ。こんなところで恥ずかしいだろっ。早く行くぞ」
「えっ……。和幸の答えは?」
「いいから、出るぞ」
花束を奪い取り、足早に伝票を持って会計を済ませに行ってしまった。
慎文は内心でショックを受けながらも和幸を追いかけるが思うような返事が得られなかったことに気落ちする。
和幸の単なる照れ隠しだと分かっていても勇気を振り絞って本気のプロポーズをしたのに結局はぐらかされてしまったことは悲しい。
先に店を出て行ってしまった和幸を追い、外へと出ると雪が宙をゆらゆらと舞いながら降り落ちてきていた。ふと、和幸の方を見ると花束に顔を寄せて、微笑んでいる。
言葉ではもらえなかったけどその姿を見られただけで充分の返事をもらえたような気がした。
慎文はそんな和幸の姿に満足をしながらニヤニヤと笑みを浮かべていると、「何笑ってんだよ」と和幸に突っ込まれ、レストランの方向へと歩き出してしまった。
慎文は口元を緩ませたまま、和幸と肩を並べて歩くと、自分の右手を彼の左手に重ね合わせては、ジャケットのポケットに突っ込んだ。
最初は動揺したように何か言いたげにして一瞬だけ慎文の方を見た和幸だったが、諦めたのか大人しくマフラーに顔を埋める。
「慎文、ありがとうな。俺も慎文のこと、その……。愛してるから……。此方こそこれからも一緒にいろよ」
不意に隣からくぐもった声が聞こえてきて、和幸の方へと視線を落とすが空耳だったのではないかと疑いそうなくらい平然としていた。
彼が言ってようが言っていまいが関係ない。慎文は「ありがとう。もちろん、俺もだよ和幸」と彼の耳に届くようにはっきりと告げると、顔を埋めながら繋いだ手を強く握ってきた。
間違いなく和幸の言葉で答えてくれたプロポーズの返事とフライングではあるが最高の誕生日プレゼントに嬉しさが込み上げ、愛おしい恋人の姿をじっと見つめていた。
end
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