chapter①

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和幸は画面から視線を逸らすと胸に手を当てて両腕を摩った。奴を目にした途端に鳥肌が立ち、恐怖で心拍数が上がる。 そうこうしているうちに再びインターホンが鳴る。 居留守を使っても良かったが、母親の留守電を聞いてしまった手前無視をするわけにいかない。 それに此奴の性格上、忠犬のように玄関扉の前で和幸が出てくるまで待っていても可笑しくなかった。流石に地元の三歳下の幼馴染を氷点下の中置き去りにできるほどの薄情ではない。 和幸は足取りを重たくさせながら玄関先へと向かい、鍵を開ける。扉を開けた先には、案の定、名前を出すもの嫌悪するほどの和幸の天敵、矢木田慎文(やぎたやすふみ)が立っていた。 母親同士が同級生で仲が良く、家も隣同士で幼いほど見飽きるほど合わせていた顔。和幸の自宅に泊まる気満々であろう、大きいボストンバックを右肩に提げて、手元には紙袋と保冷バック。 慎文は玄関先へと足を踏み入れるなり、手元のバック類を全て三和土に置くと、扉を開けて廊下に佇んでいた和幸の腹部を目がけて思い切り抱きついてきた。 「久しぶりっ。カズくんっ‼」 「うわあああああ」  腰のあたりに腕を回されて、恐怖に慄いた和幸は慎文の勢いのあるタックルも相まって、盛大に尻餅をついた。 一応、抱きつかれてはいるものの、慎文は和幸より一回りほど体格の大きいので抱き締められているみたいになる。 「お、おいっ。やめろっ、離れろよ。重いし近いっ」  ズルズルと這うようにして、顔に近づいてくる慎文の額を抑えてどうにか抜け出そうと試みるが、大きい体から逃げ出すのは困難だった。 「連絡の返事なかったから、家に居ないんじゃないかって怖かったんだよ」  慎文が来ると分かって怖かったのは自分の方だと言ってやりたいが、言ったところで此奴には何一つ響かない。 此奴が言っているように何日か前に本人からご丁寧に『カズくん、今週末遊びに行くからね』と連絡は入っていたが、既読しただけで無視をしてた。それを今の今まで忘れていた自分が悔しい。 憎たらしいほど満面の笑みを浮かべて見つめてくる慎文に苦笑を浮かべながらも身じろぎ続ける。 和幸が返事スルーして遠回しに訪問拒否をアピールしていても、週末の早朝に押しかけてくるのだから完全に確信犯である。 「早くカズくんに会いたくて、昨日の夜からバスに乗ってきたんだ」 「だ、だからなんだよ。いい加減に離れろよ」  慎文の額を抑える手が微かに震える。迫ってくる此奴が和幸にとっては恐怖の対象でしかない。 「カズくん……。キスしたい」 「はぁ⁉」  そんな相手に急にキスを迫られて和幸の思考が驚きのあまり停止する。慎文とキスでもしたらそれだけでは済まされないことは明確だった。
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