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考えただけでも悍ましい。
「ダ、ダ、ダメに決まってるだろっ。此処は外国でもなければ日本だっ。同性同士でするなんて道理に外れてる」
「でも、俺はカズくんのこと好きだから」
「いいから、離せよ。お前が俺のことを好きでも俺はお前が好きじゃない。それにいい年をした三十代のおっさんに君付けするな」
半ば強引に腹部を蹴って慎文から脱出をすると漸く離れてくれたこと安堵する。素早くその場に立ち上がると、慎文は少しだけ落ち込んだ表情を浮かべた後、三和土に置きっぱなしにしてあった荷物を拾いに戻った。
「これ、小母さんから預かってきた食べ物。カズくんの好きなもの入ってるって。あと保冷バックの方は、うちの牛乳も」
「だから……。もういいや、ありがとう」
君付けを指摘したそばから『カズくん』と呼ばれて、何度注意したところで直ることはない。和幸は深く溜息を吐きながら紙袋とバックを受け取った。
リビングまでの廊下を歩きながら、紙袋の中身を覗くと畑の野菜やら地元のお土産やら、ちゃんと保冷してある乳製品やらが沢山入っていた。
慎文が靴跡で濡れた三和土に放り投げたものだから、会袋の底が濡れていて今にも破けそうであったのが気になったが、実家のモノは馴染みあるものばかりだし、一人暮らしの和幸には非常に助かるものだった。
慎文はというと「お邪魔しまーす」と部屋中に響くくらいの大声で挨拶しては、後ろについてくる。
リビングへと入ると、荷物をカウンターキッチンの台の上に降ろし、冷蔵庫に中身を仕舞った。
その間、慎文はアウターを脱いでソファの背もたれに畳んで置くと、カウンター越しに此方を見つめてくる。
ふと、冷蔵庫に食材を仕舞い終わって振り向いたら、不気味なくらいニヤニヤとしながら見てくるので、和幸は怪訝な表情をして慎文を睨んだ。
「なんだよ」
「パジャマ、可愛いね。もしかしてカズくん寝起きだった?」
縦縞で紺色の綿素材の寝巻。奴に言われて、自分が起きたばかりで、パジャマのまま玄関先へと出てしまっていたことに気づく。
「お前が常識考えずに早朝から来るからだろっ。着替えるからそこで待ってろ」
年下の嫌いな幼馴染に指摘された恥ずかしさを悪態を吐くことで誤魔化すと、和幸は颯爽と寝室へと向かった。
寝室のドアノブを握ったところで、ふと漠然とした不安を覚えた和幸は、踵を返して、ソファの端に行儀よく座っている慎文の前に立つ。
「絶対に部屋に入ってくんなよ」
「もちろん‼」
慎文に念を押したものの、玄関先で抱きついてくる此奴が、云うことを訊くかは信憑性に欠ける。
今のところ奴が此処にいる間に寝込みを襲われるだとかは起きたことがないが、油断のできない男に内心では怯えていた。
和幸は寝室に向かうと速やかにドアを閉めて部屋へと籠る。一人になった途端の安堵に深く息を吐いていた。
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