chapter⑥

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店に入り、窓辺の座席に案内されて櫂と向かい合って座る。 櫂の希望で喫煙席へと座ると、櫂は座席に着くなり、灰皿に手を伸ばして煙草を吸っていた。 『吸う?』と灰皿を渡されたが、いくら愛煙家の和幸でもこの男の前で吸う気分にはなれなかった。 「慎文って昔からわかり易いよな。一週間前に休憩室でやたらと嬉しそうにしているから問い詰めてやったら、あんたとデートするって顔を真っ赤にさせながら話してたし」  煙を吐き、目で追うように天を仰いでは物思いに更けるように慎文の話をしてくる。 「中学の時も、あんたと付き合えたら丘公園でデートしたいとか楽しそうに話してたもんな。あんたも地元一緒ならわかるだろ?」  和幸が知ることのない慎文の一面。 丘公園と言えば、地元では有名な海の見える丘のデートスポットだ。 それを中学生の慎文が和幸とのデートに恋焦がれて第三者に話をする姿は自然と想像できてしまった。  実際のデートの時だっていつもよりもアイツの笑った顔、嬉しそうな顔が多かった気がする。 きっと、こいつに半ば強制的に犯されていなければ慎文の想いは間違った方向へ流されなかったかもしれない。 一時の感情だと奴の中で整理をつけ、今の今まで苦しい想いをせずに済んだかもしれない。 慎文は素直だから同性でも付き合えると分かった時点で諦めがつかなくなったに違いなかった。 慎文がそんな性愛を狂わされた張本人に赤裸々に恋愛相談していたことが腹立たしい。 「アイツのキスを拒絶したのに、なんでアイツとデートする気になった?」  天を仰いでいた視線が和幸の元へと降りて来ると、酷く冷めたような視線を送られる。 「それは……」 「慎文に恋人のフリでもしてとか頼まれたから?」 「頼まれたというか……」 「慎文は付き合ってるって言っていたけど、あんたら本当は付き合ってなかったでしょ?」  嘘を許さぬような鋭い眼差しで問い詰めてくる櫂に圧倒されながら、言葉を濁しながら答える。 「慎文がそうしたいって頼んできたから……。デートはそれでアイツの気が済んで諦めてもらえればと思ったまでだ」 和幸は咳ばらいをすると、本心では話したくないことではあったが、和幸と慎文の関係を悟っている男にわざわざ嘘を吐くのも今更で、本当のことを話す。 すると、櫂は灰皿に吸殻を強めに打ち付けると深い溜息を吐いた。 「カズくんってさ、心が引き裂かれるような恋愛をしたことがないだろ」 「はぁ?」  櫂は胸のあたりを指差してきた。同時に動揺を隠せず、誤魔化すために眉間に皺を寄せる。
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