59人が本棚に入れています
本棚に追加
「アイツがデートの一つで気が済んで潔く諦められる奴だと思った?」
「実際、慎文は諦めて帰って行った。慎文は素直でいいやつだし、聞き分けがいい」
実際はデートひとつで諦めてはくれなかった。
甘えるように強請られ、縋るように懇願され、『好きだ』と言われ続けた夜のことを思い起こす。自分を正当化したくて櫂相手に、それを口に出すのが怖かった。
「あんたって慎文のこと何も見てないんだな。まぁ、そんな奴のことが好きなアイツもアイツだけど……。カズくんはアイツが傷つかないとか考えなかったのか」
考えなかったわけじゃない。
考えたからこそ、なかなか言い出せずにあんな形で告げることになってしまっただけ。
「たまたま先週の日曜日の朝、アイツに会ったんだよ。朝帰りで始発に乗ろうとしたら、バス停で慎文が項垂れていたのをみて、潔く諦めて聞き分けがいいだなんて良く言えるよな。デートなんかしてぬか喜びさせといて振るなんて無神経にも、ほどがある。嫌なら突き放せばいいものを……」
確信を突いてくるような櫂の言葉が酷く胸を刺してくる。
「まぁ、あんな他人を身代わりにしてねちっこいセックスする奴が振られようがどうでもいいけどな。でもさ……。なあ、カズくん知ってるか?十二月二十五日ってさ、慎文の誕生日だったんだぜ?」
櫂は蔑むように鼻で笑ってくると頬杖をついて窓の外を眺め始める。
慎文のことを散々言われて腹立たしかったが、反論する余地がなかった。
あの日、誕生日だったなんて知らなかった。
いや、厳密に言えば幼馴染であれば誕生日くらい知っていた筈だった。
多分都合の悪いことは自分の頭の中で消去していたのかもしれない。
慎文の気持ちなんてこれっぽっちも考えようとしていなかったのだと痛感させられる。
櫂は急に立ち上がると、お金をテーブルに叩きつけた後「俺、帰るわ。そんなんじゃ、あんた慎文どころか、一生恋人できないかもな」と悪態を吐いて店を出て行ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!