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chapter⑦
かれこれ七年ぶりの地元。
大晦日の午後三時。商店街は年末のせいか、皆正月休みでシャッターが閉まっていた。市街地では年末年始関係なく大晦日のギリギリまでお店が開いているところが大半だが、田舎は店じまいが早く閑散としていた。
和幸は自宅前の二階建て一軒家の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。「はーい」と中から甲高い声が聴こえ、開いた扉から母親が出てきた。
「和幸‼久しぶりじゃない?急にどうしたの」
定期的に電話で声は聴いていたが、会うのは数年ぶりだ。肩までのショートカットに綺麗に白髪染めされた髪色。
年齢のわりには若い母親だが、最後会った就職前の帰省から大分、皺が増えたように感じることから着実に年を重ねているのが伺える。
「たまにはいいだろ。俺ももう三十歳になったし、親の顔が見たくなる時だってあるだろ」
今回の帰省の目的の大部分は慎文のことが気になったからに過ぎなかったが、久しぶりに親に会いたくなったのも本心だ。
母親に正直に話したまでであったが、眉を寄せて訝しげな顔をされた。
「急に来て、あんた借金かなんかして金借りに来たとかじゃないでしょうね」
「はぁ?久々に返ってきた息子にそれはないだろ。中入るぞ」
素直に言葉で息子の帰省を喜ばなくとも、どこか嬉しそうな母親は、和幸がリビングへと入るなりそそくさとキッチンでお湯を沸かし始めた。
和幸もリビングへ入ると、コートを脱いで四人掛けの食卓椅子の背待たれに掛ける。
「父さんは?」
湯呑を冷蔵庫横の食器棚から取り出し、お茶の用意している背中に、椅子へと腰を掛けながら問う。
「昼間から友達と呑みに行ってるわよ。もう少ししたら帰ってくるんじゃないかしら」
「ふーん。相変わらずだな」
地元の役所勤務の父はこの町では顔が広い。大晦日に限らず、昔から父親は自宅に友人を呼んで晩酌していることが多かった。
暫く部屋の渡りを見渡しては、実家の雰囲気と匂いの懐かしさに浸っていると、温かいお茶を持ってきた母親が向かい側の椅子に座る。
「そういえば、夜は矢木田家で年越しすんの?」
「もちろん。そうよ、確か先々週に慎文くんがそっちに来たんでしょ?ちゃんと泊めてあげたんでしょうね?」
「泊めたに決まってるだろ。アイツも物産展あったみたいだし……」
「聞いたわよ。慎文くんのおかげで大繁盛だったらしいわよね。慎文くん、愛嬌があるから母さんも慎文くんが売り場に立っていたら思わず買わずにいられないもの」
慎文が自宅に来る前日に実家からの留守電があったくらいなので、母親も矢木田の両親も当然のようにクリスマスに和幸の所に来ていたことは知っている。慎文が和幸に好意を寄せていることは二人しか知らないことだろうけど……。
「それで、慎文くんって向こうで彼女とかいるんでしょ?」
「はぁ?なんで」
出されたお茶を自分の息で冷ましながら啜っていると、向かいの母親が身を乗り出して問うてくる。唐突な母親の問いを予想していなかった和幸は、猫舌で慎重に啜っていたお茶で軽くやけどをした。
「だって毎年あんたのところに行くくらいなんだから、彼女の一人くらいいるんじゃないって話よ。慎文くんもそろそろいい年だし、結婚を考えるくらいの子が居ても可笑しくないじゃない?あんた何か知らないの?」
知っているも何も慎文の好きな人は紛れもなく和幸で、会いに来ているのも和幸だ。
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