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大晦日の歌合戦が始まる頃。
井波家は矢木田家に集まり、豪勢な食事を囲って、楽しく酒を酌み交わしながら新しい年を迎える時を待っていた。
リビングのテレビの前に長卓が置かれ、真ん中には親父たち。
その隣には慎文のお兄さんの康孝さんと和幸が座っていた。
一方で康孝さんの奥さんと母さん達は長卓の隅の方で何やら女子会を始めている。
肝心の慎文はというと、リビングから開けている別室で、おもちゃを広げて四歳と七歳の姪っ子たちと遊んでいた。
大人の会話に混ざらず終始、姪っ子たちの面倒にかかりっきりなところは慎文らしい。
だが、康孝さんと会話をしながら時折、慎文の方に視線を向けるとすぐさま逸らされたことから、何処か避けられているような気がして見ていて居心地の悪さを感じた。
今まで会えば逸らされることなく、穴が開いてしまいそうになるくらいに見つめられていた瞳。
それがなくなっただけで、どうってことはない。
寧ろ鬱陶しく思っていたはずなのに……。
テレビを観ているのも飽きてきて、元々大人数が得意ではなかった和幸は静かにリビングを抜け出すと玄関先で煙草を取り出した。
扉に隔たれているとはいえ暖房のない場所での一服は寒さで身震いさせられるが、幼い子供がいる手前、食事の場で煙草を吸うのは気が引けた。
和幸は身を縮こませながら玄関先の戸棚の上に灰皿を置き、上り框に腰を掛けてぼんやりと玄関扉上の小窓を眺めながら煙草に火をつける。
煙草を燻らせながら頭に浮かべるのは慎文のことばかりだった。
こんなに奴に話し掛けられないのは寂しいことだったのだろうか。
「和幸も吸うのか」
「康孝さん……。ええ、はい」
玄関先の電気がつけられ、振り返ると慎文の兄の康孝が煙草の箱を手に和幸の元へと向かって来ていた。
「寒っ。オヤジも煙草より酒だし、娘達いるところで吸うと嫁が嫌がるからさ喫煙者は肩身がせまいよなー」なんて呟きながら玄関戸棚の直ぐ隣の壁に寄りかかると、煙草を咥えて火をつける。
「どうだ?久々の年末は?」
「相変わらず、賑やかですね」
「だろ?たまにはいいだろ。仕事忙しいかもしれないけどさ、定期的に帰ってやれよ」
「まぁ……。はい」
屈託のない笑みを浮かべながら問うてくる康孝は、慎文と一回り離れているとはいえども何処か似ている所があって兄弟と言われれば納得できる。
「和幸も見ない間に、大人になったな。最後に見たのいつだ?和幸が高校生のときじゃなかったっけ?」
「そんな前でしたか?」
「ああ、和幸は制服着ていたイメージしかなかったからな」
確かにその辺りから慎文を警戒するようになり、年末の集まりにも顔を出さなくなっていた。
康孝とは特別に親交が深いわけではなかったし、それくらい前の話だと言われてもおかしくはなかった。
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