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chapter⑧
目を覚ました場所はベッドの上だった。
うつ伏せで柔らかい布団の感触がしたが、実家の部屋にあったものと違う。
和幸はゆっくり上体を起こして辺りを見渡すと、身に覚えのない家具の配置やデスクにギョっとした。
月明かりが射し込む、半分しか閉められていないカーテンのレールには二着ほど作業着が掛かっている。
間違いない……。此処は慎文の部屋だ。
ベッドの向かいのデスクに置かれている目覚まし時計を見遣ると時刻は午前零時過ぎ。既に新しい年を迎えてしまっていた。
昨夜は集まりの場で誰の話の輪にも入ることが出来ず、居心地の悪さを感じていた和幸は普段呑みなれないお酒をひたすらに飲んでいた。
お手洗いに立ち上がったところまではしっかり覚えているが、それ以降は朧気ながらにしか覚えていない。
しかし、御手洗いを済ませた後、急に眠気が襲い、自室に戻ろうと階段を上ったことは記憶にある。
そこで、実家と錯覚して慎文の部屋に入ってしまったのだろうと把握することができた。
慎文の部屋ということは、一階で寛いでいるのであろう奴が直ぐに戻ってきてもおかしくはない。流石に本人と居合わせるのは、気まずい。
和幸はベッドから足を下ろして立ち上がったと同時に、部屋の扉の真横の壁に丸まった人影が目について、声が上がりそうなほど驚いた。
口元を両手で覆いながら人影をじっと見つめると、慎文が膝に顔を埋めている。
微動だにしないところから多分、和幸がベッドを占領していたから、そこで眠っているのであろう。
幾ら酔っぱらっていたからとはいえ、本人を前にベッドで寝ていたなんて言い訳のしようがない。
そんな間抜けな行動をして奴に小突かれるのは恥ずかしくて、想像しただけで顔から火が出るくらい身体が火照っていた。
どうにかして奴が起きる前に此処から抜け出したい。音を立てぬように抜き足で部屋の出口へと向かう。
「帰るの?」
ドアノブを握り、部屋の外まであと一歩のところで、寝ているはずの男から声が掛かり、身体が跳ねた。
音を立てたつもりはなかったが気づかれてしまったらしい。
ゆっくりと顔を持ち上げた慎文が目を見て問うてくる。
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