chapter⑧

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「ああ、もう時間だし。リビングの様子でも見てこようかと……」 「みんな参拝に行ったよ……。年越しの恒例だから……」 「お前は行かなくていいのか?」 「そんな気分じゃないから……」 「そう……。あ、お前のベッドを占領してごめん。酔っぱらって実家と勘違いしていた。俺、戻るわ……」  今日一日、慎文のことを気にしていたにも関わらず、和幸の言葉に反応を示さない奴との沈黙に居心地悪さを感じた。 また、昼間のように素っ気なく突き放されるのが怖くてそのまま部屋から出ようとしたとき、「なんで……」と呟かれて再び慎文を見遣る。 「なんで、帰ってきたの?」 「それはさっきも言っただろ。親孝行のためだって……」 「いつも俺が居るからって帰るのを嫌がってたのに……?」 「それは、その……」  昼間同様の少し棘のある物言いに言葉を詰まらせる。 確かに慎文からしたら今まで奴を避けることを理由に帰省をしていなかったし、本人にも直接告げていた。 そんな和幸が急に帰省してきたのだから不審に思うのも妥当な反応だった。 「俺が……。俺が和幸くんのこと諦めるって言ったから?可能性がなくなったから?」 「別にそういうわけじゃ……」  あの日の夜のように膝を強く抱えて弱々しく矢継ぎ早に問うてくる慎文に胸が痛くなる。 櫂の言う『中途半端な優しさ』というのはこのことなのだろう。   慎文のことを受け入れる気はないと言いながら、いざ奴に冷たくされると寂しくて、悲しそうに顔を歪める姿を見たくなくて手を差し伸べたくなってしまう。  それはきっと幼馴染や弟分のような可愛さからではないことは何となく気づいていた。 けれど、そんなことを出来るような素直さは持ち合わせていない。 自分の中で明確な理由は分かっているのに、どこかで認めたくない自分が居るのも事実だった。  何か自分の中で理由が欲しい……。  ふとカーディガンのポケットに手を突っ込むと、丸くて硬いリング状のものが入っていることに気がついた。 慎文からもらった指輪だ。 帰省する際に何の気なしに忍ばせていたことを思い出した。  慎文自身が身に付けていたものは、実家の自分の鞄の中に入っている。勿論返すためではあるが……。 「指輪。お前の指輪を返しに来たんだよ。だから帰ってきた。あんなもんうちに置いて行くなよ」  今の慎文に言うべき言葉ではないと分かっても口がついて出てしまう。 返事をするでもなく、膝を抱いて目を据わらせ見つめてくる慎文の視線が真意を突き詰められてくるようで居心地が悪い。  和幸は居たたまれずに「今取りに行ってくるから待ってろよ」と告げると低く怒気の込められたような声音で「いらない」と呟かれた。
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