60人が本棚に入れています
本棚に追加
「お、俺はっ。お前のことを受け入れてきているとは思う。だから、諦めろとは言わないから……。俺のことまだ好きでいてほしい。お前が、恋人としての俺を望むならそれでも構わないから……」
確信は持てないけど、和幸が今出せる精一杯の答えだった。
「それは、俺のことをちゃんと前向きに考えてくれているってこと?もう、端から考えてなかったとか言わない?」
疑心暗鬼に近づきながら問うてくる慎文は無理もなく、今まで和幸が散々、彼の心を踏み躙ってきた結果だった。
「言わない。少しずつでもお前のことを受け入れていけたらって思ってる……」
「ほんとに……?」
逃げも隠れもしない。
目を逸らさずに慎文の顔を見て本心を告げる。
そんな和幸を見ながら静かに左手を握られて、心臓が波打つ感覚を覚えた。
握られた手が震えているのが伝わってきて、不安を露わにしている男が愛おしい。安心させてやりたいと思った。
「ああ、本当だ」
和幸が頷くと同時に空いていた右手も掴まれて、慎文の顔が徐々に近づいてくる気配がした。
キスをされると分かっていてもいつもの抵抗心はなく、自然と受け入れようとしている自分に驚きながらもそっと目を閉じる。
暫くして唇に柔らかくて温かい感触が重なったかと思えば、すぐに離れていった。慎文とキスをするのは、何十年ぶりだろうか。
当時は気持ち悪くて仕方がなかったが今は擽ったいような優しい気持ちになれている。
唇が離れた感触がしてからゆっくりと瞼を開くと慎文が俯いていた。
彼の左半身が月明かりで照らされ、鼻を啜りながら涙を零していた。
時折、左腕で涙を拭うものの涙が滝のように溢れ出てきている。
和幸は自分より十センチほど背の高い男の頭を抱えては肩口に抱くと、子供のように和幸の洋服をぎゅっと握る男の髪をあやすようにそっと撫でた。
最初のコメントを投稿しよう!