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ここはどうにかしてお見合いをしない意志を示して母親を納得させるしかない。
「つ、付き合っている人がいるから……」
歯痒い気持ちを抱きながら顔を俯かせ母親に告げる。
親に恋人の有無を話すことは照れが勝って恥ずかしいことではあったが、どこの誰と言わずとも恋人がいると分かれば引き下がってくれるような気がした。
「あら、もしかして毎年のように会いに行ってる子?この間、別れたんじゃなかったの?」
母親が写真を引っ込めてくれたことで、安堵したが容赦のない問いに、慎文の返答を困らせる。
自分はわかり易い性格なのか、家族に恋愛事情を把握されている気はしていた。
しかし、自らで話すことはしていなかった。
別れたと思われたのは、和幸に振られて帰ってきてからの数日は食事も喉を通らず部屋に籠っていたからであろう。
「あの時は振られたけど……。いまはよりを戻したっていうか……。とにかく付き合ってるから。お見合いなんかしたら裏切ることになる」
言葉を選んでいるものの嘘は言っていない。それでも納得をしてないのか、母親の表情は険しくなる一方だった。
「慎文、悪いことは言わないわ。その子とはもう見切りを付けなさい。結婚に身を固めもせずに、貴方の気持ちを弄ぶような子は上手くいきっこないわ」
母親から出てくる相手に対しての否定的な言葉。第三者からしたら叶わない恋に振り回されて可哀相に見えるのだろうか。
確かにここ数年間は苦しくてたまらなかった。でも、今は違う。和幸は慎文のことをちゃんと恋人として向き合いたいって言っていたし、彼も彼なりに葛藤があった筈。決して遊びなんかではない。
「遊ばれてなんかいないよ」
「そう?貴方、今まで女の子を連れてきたことなかったじゃない?だから、ちょっと都会の悪い女に騙されているんじゃないの?」
顎に右手を添えて、訝しんでくる母親の視線が刺さる。
「俺は本気だし、向こうだって……。思ってくれるって……」
親に尋問される度に僅かな不安が過ぎってくる。固定概念にとらわれた親を説得するにはどうするのが得策なのだろう。
「でも、お見合いの相手ね。あなたと同じ年の愛嬌のある方でしょ?結婚までいかなくてもお見合いしてお付き合いしてみるくらい……」
「だから、お見合いはしないって……」
「いいから、気持ちなんていくらでもついてくるんだから会ってみなさい」
何度意志を示した所で慎文の言葉を遮るようにお見合いを勧めてくる。
そんな母親が鬱陶しい。
慎文は自分の恋人が和幸であると告げられないもどかしさと、母親に苛立ちを覚えてテーブルを両拳で叩いて立ち上がった。
鈍く響いた音に怯んだ母親が目を丸めて此方を見てくる。
「今の人が大事だから‼お見合いは絶対にしないよ」
口をあんぐりと開けて反論できずにいる母親を残して、足早にリビングから出て行くと二階の自室へと駆け上がった。
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