chapter⑩

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翌朝、早朝の作業から自宅に帰ると和幸から連絡が入っていた。 一瞬だけ舞い上がったものの、メッセージの内容を見て気持ちが萎んでしまった。 『昨日は悪かった。疲れてそのまま寝落ちてしまったんだ。当分、電話をやめてくれるとありがたいんだが……ごめん』  仕事が立て込んでいるみたいだし、駄々っ子のように「嫌だ」と言って和幸を困らせたくない。 けれど、和幸との電話は慎文にとって毎日の拠り所だっただけにショックが大きい。  その場は『分かった。仕事、頑張ってね。落ち着いたらまた連絡してね』と笑顔の顔文字付きでメッセージを送ったものの、寂しさは募る一方だった。 気持ちを紛らわすために写真を眺めながら自慰行為をしてみても、虚しくなるだけで和幸の声が聞きたくてたまらない。 一刻も早く、和幸の多忙な時期が過ぎて連絡が来るのを切に願うばかりだった。  和幸との連絡がなくなってから二週間ほどが経った日曜日の早朝。 仕事場の農場へ向かおうと玄関先で靴を履いていると、背後から母親に「慎文、今日は休んでちょうだい。お父さんにも康孝にも言ってあるから」と呼び止められた。  慎文は首を傾げながら振り返ると、母の手には見覚えのあるジャケットとパンツ。クリスマスの自分の誕生日の日に和幸が買ってくれたものだ。 いつの間に自分の部屋から物色したのか知らないが、不審に思いながらも母親がやけに上機嫌なのが気になった。 「これに着替えて母さんに着いてきてちょうだい」 「なんで急に……」 「いいから、あなたにしかできない仕事よ」  適当にはぐらかされた上に、ジャケットを押し付けられて母親は颯爽とリビングへと戻ってしまった。 微かな胡散臭さを感じながらも履いた靴を脱ぐと、二階で着替えをする。  久しぶりに袖を通す、和幸から貰った洋服は慎文を恋しくさせた。 一度くらい連絡をとってもいいだろうかと和幸を求める気持ちと、彼が止めてくれると助かると言っているのだから、連絡することで負担をかけさせたくない気持ちとで葛藤する。 ジャケットの襟口に顔を埋めて、和幸のことを想っていると階下から母親の呼ぶ声がして、玄関先まで降りるとタクシーに乗り込んで移動をする。 後部座席の窓から道中の景色を眺めながら、これからどこへ向かっているのかを考える。 隣にいる母親はいつもと雰囲気が違う。白いジャケットに黒いワンピース姿の母親は、まるで息子の参観日に行くような余所行きの恰好をしていた。
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