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「わざわざお時間作っていただき、ありがとうございました。えっとー……。自己紹介よね。ほら慎文、自己紹介して」
ほんの数分前は黙っているだけでいいと言われていた筈なのに、急かすように促されて困惑する。警戒をしていなかった自分も悪いが、母親が強引に話を進めてくるとは思いもしなかった。
「矢木田慎文です……」
お見合いだと知った途端に焦燥感で緊張の糸が切れてしまい、表面上で挨拶はするものの、内心では一刻も早くこの場から帰りたかった。
「襟沢果那です。よろしくお願いします」
慎文が挨拶をした後で相手の女性も此方へ微笑みながら会釈をしてくる。
物腰が柔らかそうな女性。
雰囲気からしていい子が滲み出ていたが、初対面であるし、彼女ことなど然程興味が湧かなかった慎文は挨拶後黙り込んでしまった。
彼女も彼女で緊張しているのか二人の沈黙を取り持ったのはお互いの親同士で、当たり障りのない上っ面の会話を繰り広げていた。
意識なんてあってないようなもので、笑顔で会話をしている母親を見る度に慎文は不信感を募らせる。本当は感情のままに逃げ出してしまいたい気持ちではあったが、一応自分も大人であるが故に、雰囲気を壊さぬように切り抜けるしかなかった。
唇を噛んでやり過ごすように俯いていると、相手方の親に「二人きりで話してきたらどうだ」と提案されてしまった。
相手の女性には悪いが、自分が想えるのは和幸しかいない。よってこの縁談は受ける気は無かった。
親同士が盛り上がっていたとしても、最終的には本人同士の問題になる。
慎文は渋々ながらも相手の親に通りに襟沢果那さんとホテルの中庭に出て散歩がてら話をすることになった。
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