chapter⑩

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お互いの胸の内を話したことで少しだけ心を開いた彼女は趣味がお菓子作りの他に山登りだとかツーリングだとかアクティブな趣味を持っていることを知ることが出来た。彼女も彼女で誰かのペースに急かされるのではなく、自分らしく生きたい人なのだと勇気を貰った。 暫く話して両親から先に帰宅すると連絡が来た後、少しだけに中庭を散策し、果那さんと別れてホテルを後にした。  帰宅したら母親に真っ先に果那さんのことを聞かれるだろう。慎文の中では既に決心していたものが果那さんと話したことでより固いものへとなっていた。  適当に濁して断ったところで時間と労力の無駄である。ならばちゃんと慎文の相手が和幸で本気で交際しているのだと説明すれば理解してもらえるのではないだろうか。  和幸は家族ぐるみで親交も深いし、親からの信頼もある、すんなりと受け入れてもらえることを信じて……。 僅かに期待を抱きながら自宅に帰り、玄関先で母親の靴があることを確認した後に、廊下を抜け真っ先にリビングへと入る。入ってすぐのキッチンを覗くと、母親は上機嫌なのか鼻唄を歌いながら晩御飯の支度をしていた。 「あら、慎文。おかえりなさい」 「ただいま」  冷蔵庫から食材を取り出したタイミングで慎文に気づいた母親はニコニコと笑みを浮かべながら此方へ向かってくる。 「お見合いどうだった?果那さんいい人だったでしょ?」 「いい人だったよ」 母親の息子への期待の眼差しが慎文の胸を苦しめたが、情に流されて自分の意志を曲げてはいけないと強く両拳を握る。 果那さんは確かにいい人だった。初対面の慎文の話もよく聞いてくれて、和幸と電話が出来ずに沈みがちだった心を彼女が背中を押してくれたことによって少しだけ持ち直すことができた気がする。 「じゃあこの話は前向きに進めても良さそうね」  息子の話をよく聞かずに、安堵の息を漏らした母親はキッチンの作業台の上に置いてあるまな板の元へと戻ると、具材の野菜を切り始めた。 「母さん、縁談はなかったことになった」  慎文の一言でリズム良く響いていたまな板の音が止む。 「あら、どうして?」  果那さんに断られてしまったからと言えば母親に対しても丸くおさめることができるだろうが、そんな逃げの手は使わない。  幾ら顔の知れた和幸とはいえ、認めて貰えないかもしれない可能性もあるが、偽りの心を貫いて自分を苦しめたくない。 「母さん、そのことなんだけどさ……」 「まぁ、色々あるわよね。また次のご縁があるわよ。母さん、慎文の為に見つけておおくから」  すべてを話すつもりで真剣に問い掛けたが、母親は何かを諭したように数秒だけ慎文を見ると直ぐに包丁を手にして作業に戻ってしまった。  明らかに話題を避けられようとしている。 これでは昼間と同様にイタチごっこのまま終わりが見えない。お見合いだけして断るなんて何度も続けられるものではないし、受けること事態に背徳感を感じる。今回は合意の上で破談になったものの、毎回そうとは限らない。本気で婚約者を探している相手方にとっては迷惑極まりない話だった。
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