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「母さん、もういいよ。今回だって元々俺は断っていたのに強引に連れてきただろ?」
「それは……。ほら、お見合いでもすれば、貴方も別の方の方がいいって考え直すかもしれないでしょ?結婚も覚悟しない人とダラダラと付き合いを続けているよりはマシだと思ったのよ」
慎文の気持ちなど無視して、結婚が幸せの全てだと言っているような物言いに次第に腹立たしさを覚える。気づけば爪が食い込んでしまう程、強く握っていた。
「結婚して子供が生まれて、守るものができて、これ以上の幸せはないもの。貴方にもごく普通のしあわせ……」
「俺の幸せは俺が決めるよ。俺は母さんの決めた人と結婚する気は無いし、子供だって望まない。好きな人と一緒に居ることの方が大事だから」
持論を押し付けてくる母親に苛立ちが抑えられず、言葉を遮った。
「何を言っているのよ。貴方、子供好きでしょ?美羽ちゃんにだってあんなに好かれているじゃない」
自分の意志をハッキリと言ったところで折れない母親に嫌気がさす。姪っ子に懐かれていたとしても、それが自分の人生に結び付くかはまた別の話だ。
「先の見えない相手と一緒にいても無駄よ。やっぱりあなた、相手の女に誑かされているのよ。そんな女が嫁に来たって母さん許せないわ」
無駄だとか無駄じゃないとか、許すとか許せないとかこの期に及んでまだ相手を悪く言ってくる母親に慎文の怒りがピークに達する。慎文は怒りに任せて大きな音を立てて壁を叩いた。
「違う。誑かされてなんかいないよ。そもそも俺の付き合っている人、和幸くんなんだ。だから、母さんには申し訳ないけど母さんの望むような人生は送れない」
冷静を欠いてはいけないと思い、大きく深呼吸した後で母親に事実を告げる。作業の手を止めて、包丁を置いた母親が瞳を揺らして此方を見てきていた。
「へっ?あなた何言っているの?付き合っている人が和幸くん?あの和幸くん?」
「そうだよ、隣の井波さんのところの……。俺、和幸くんと結婚して生涯一緒になることだって考えてるんだよ」
「結婚って……。だってあなたも和幸くんも男じゃない」
あからさまに好意的ではない雰囲気が母親から感じるものの引くわけにはいかなかった。決して、生半可な気持ちで言っているわけではないと分かれば母親だって理解してくれる。
「男同士だけど……。できなくはないんだよ。少し複雑ではあるけど……。俺はそれくらい和幸くんのことを愛しているんだ。だから、母さんにも認めて欲しい」
目を見ながら真剣に話すが、母親は獣を見るような怯えた瞳で慎文をみると口元に手を当てながら後退っていく。話を真剣に受け止めて欲しい一心で離れていく母親を食器棚まで追い詰める。
「母さん。母さんも分かっていると思うけどカズくんはとっても頼もしくて……」
「いやああああああー」
和幸のことを話そうとしたところで母親は急に発狂したように頭を痙攣させて叫び声をあげた。膝を砕かせて、背後にあった食器棚に後頭部をぶつけると、床へと倒れ込んでしまった。
「えっ、母さん……」
突然の出来事に頭が真っ白になり、必死母親の体を揺らして呼びかけるが応答がない。目の前で倒れてしまった母親の姿に狼狽えていると玄関の方から扉が開く音とともに父親の声が聴こえてきてはリビングへと入ってくる。
「ただい……。慎文、何してんだ?」
「ごめん、父さん……。俺……」
父親がキッチンを覗き込んできた途端に、瞠目した彼と視線がかち合う。慎文は父親の姿を認めるなり、慌てて立ち上がると涙目になりながらも縋る思いだった。
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