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「はぁ……。昔からお前は和幸に懐いているとは思っていたけど、そこまでとは思わなかった。和幸はお前との結婚は承諾しているのか?そうなったら向こうの両親に話す必要もあるだろ?」
「和幸くんにはまだ話してない……。最近付き合ったばかりだから……。でも俺は和幸くんと生涯共に過ごしたいと思うくらいに愛しているんだ……。だからみんなにも納得してもらいたくて……」
まずは和幸と話し合うことが先決だと分かっていたが、縁談の話を持ち出されて我慢が出来なかった。
康孝は組んだ左手を腰に当てて、右手の拳を額につけると大きな溜息を吐いた。
「お前、悪いことは言わないから辞めとけ。向こうだって簡単にいいとは言わないだろし、お前らの関係は世間の風当たりが冷たいだろ」
「世間なんてどうでもいいよ。俺は和幸くんと一緒にいたい」
「どうでもいいってお前なぁ……。母さんが倒れて怪我したんだぞ?俺だって目眩を起こしそうになったくらいだ。それに近所の噂になったら父さんの面子も立たないだろ」
どんなに真剣に話をしても、結局兄は当人たちの気持ちよりも世間体を気にしていることに落胆した。
「いい加減お前も二十代も後半を迎えた大人なんだから、何が間違いかくらい判断できるだろ?結婚するならまともな女性と……」
「俺が和幸くんのことが好きなことに間違いも正解もないよ。俺は唯、自分に正直な気持ちでいるだけで……別れるなんて酷いじゃないか」
自分の気持ちを間違いだと否定されて悲しくなると同時に怒りを覚える。慎文はその場から立ち上がると康孝の肩口を右手で掴んだ。
「いいからこれ以上、母さんを悲しませるな。手遅れにならないうちに解決させろ」
「手遅れって……。兄さんまでそうならもういいよ」
全て納得してもらおうと思っていなかったが、こうも否定されるとは思わなかった。慎文がどんなに訴えても兄の頑なな瞳は変わらない。
だからと言って力任せに殴るなんて実兄に対して出来るわけがなかった。
怒りをぶつける気にもなれずに、慎文は掴んだ手を話すと、康孝に背を向けて病院の玄関口へと向かう。途中で呼び止められたが振り返らずに院内を出て行った。
世間の風当たりが強くなることを気にして諦められるような恋心ではない。和幸を好きだと自覚してから思春期の頃は何度も思い悩んできた。自分のこの感情は間違いなのではないかと。
けれど何年経ったって、和幸に拒絶されたって諦めきれなかった。漸く実った和幸との関係を自ら断ち切るなんてしたくない。
帰宅して静かな部屋で考える。
和幸と別れなければならなくなるくらいなら……と思った瞬間に、慎文はいつものお泊り用のボストンバックに衣類を詰めていた。
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