56人が本棚に入れています
本棚に追加
chapter⑪
翌朝、父親が病院に泊まり込みで不在の間に荷物をまとめて書置きだけ残して家を出た。向かう先はもう決まっている。和幸のいるところだ。
バスに揺られて五時間。到着した頃には夕方を過ぎていて、和幸が仕事から帰ってきている時間帯だった。
連絡を入れてから彼の自宅に行こうかと悩んだが、驚かせたくて敢えて内緒で訪問することにした。
四月に入ってから和幸と真面に電話をしていなかったから、数週間ぶりの彼に胸が高鳴る。
それに下旬の今、和幸は明日から連休のはずだからゆっくり過ごすのに丁度良かった。
和幸の部屋の明かりで帰宅していることを確認し、マンションの建物内に入るとエレベーターで彼の部屋がある階まで上がる。
口元を綻ばせながら、はやる気持ちで部屋のインターホンを鳴らすと暫くして、吃驚した和幸が出てきた。
「お前、急にどうしたんだ」
和幸の表情からサプライズ訪問が成功したのだと嬉しくなる。
上下部屋着姿でお風呂上がりであろう整髪料で整えられていない髪型。久しぶりの恋人の姿に感極まって涙が出そうになる。
「かずゆきっ」
慎文は鞄を玄関先へと置くと、同時に和幸を強く抱き寄せた。
彼の顔を見たら抱き締めたくなるのはいつものことだが、今日は和幸に縋るおもいだった。
実家に居場所がない以上、今の自分には和幸しかいない。肩を掴んで少しだけ身体を離すと、驚いて目を見開いたままの和幸の唇にキスをしようと顔を近づけた。
このままいつものようにキスを受け入れてもらえると期待に胸を躍らせていると、和幸に顔を背けられてしまう。
「ごめん。慎文……」
肩を掴まれてゆっくりと体を離されながら謝られたことに動揺する。和幸の顔を逸らしながら後頭部を掻いている仕草がより一層、慎文を不安にさせた。
和幸からの慰めで頭を撫でられることもなく、流れるだけの沈黙が辛い。
「や、休みを特別に貰ったんだ。最近、和幸と話せてないから元気かなって会いたくなって……」
不安といたたまれなさで両手を強く握る。
キスを拒絶された手前で今、本当のことを話してしまえば、余計に和幸に拒絶をされるような気がして咄嗟に嘘を吐いた。
最初のコメントを投稿しよう!