chapter⑪

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どうしたら和幸にもっと好きでいてもらえるだろうか。 必死に目線で訴えてみるものの目の前の和幸は左手で額を抑えて深い溜息を吐いた。 「はぁ……。ごめんな。慎文、ごほっごほ」  慎文の無言の訴えに観念した和幸が眉を下げながら頭を撫でてくる。 それと同時に口元を抑えながら顔を背けて激しく咳き込みだした姿を見て漸く異変に気付いた。 「和幸……。大丈夫?もしかして風邪ひいたの?」  慎文の問い掛けに罰が悪そうに目を逸らす。 何も答えない和幸に自分の額と和幸の額に手を当てて熱を測った。 体感では然程変わらないように感じたが、見る見るうちに和幸の顔が赤くなり、額に当てた手を振り払われる。 「熱はないんだ。酷かったのはここ数日の話だったし、今は治りかけている」 「どうして話してくれなかったのっ。知ってたらもっと前に飛んで行ったのに」  和幸の家に着いてから自分の事ばかりで彼の異変に気付いてやれなかったことが悔やまれる。 自分が寂しいとばかり感じて、和幸の一番苦しい時に傍にいてやれなかった。 「だからだよ。たかだか風邪くらいで仕事ほっぽりだしてお前を来させるわけにいかないだろ。言ったら否応言わずにお前が来るのが分かってたから」 「じゃあ、さっきのキス拒んだのって」 「必要以上にお前に触れて、風邪うつすわけにいかないだろ」  心の中で纏っていた不安が和幸の言葉で取り払われる。 「ならもっと早く言ってよ……。っ……。俺、和幸に嫌われて飽きられたんじゃないかと思って不安になってっ……」 愛想を尽かされたわけではないと分かると、安堵から大粒の涙が溢れてきていた。 両掌の付け根で乱暴に涙を拭う。 「それはすまなかった。電話できなくてお前が寂しがっているとは思っていた矢先に風邪引いてしまって……。そんなときにお前が来たからちょっと驚いたんだ。嫌いになったわけでも飽きたわけでもない」  和幸に撫でられている温かみのある手の感触が心地いい。嫌われているのも飽きられたのも自分の思い過ごしで良かった。 自分の想いの方が重すぎて和幸との温度差は多少感じるものの彼は彼でちゃんと自分のことを想ってくれていると思いたい。 慎文は拭った涙をズボンの腿に擦りつけると和幸から「俺がやるから」と台拭きを取り上げて、彼の背中を押してソファへと座らせた。
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