chapter⑪

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咳だけが未だ治まらないというので慎文が幼い時からお世話になっている、檸檬の蜂蜜漬けを作ってあげた。 キッチンに立って、和幸の御飯が出来合いかインスタント麺で凌いでいたことが、捨てられたゴミを見て分かった。 今日も少し食べたと言っていたがどちらかで済ませたのだろう。風邪のときくらいは栄養価の高いモノを食べさせたかったと悔やんだ。 「和幸、はい。あーん」  ソファに座って休んでいる和幸に保存容器に詰めた檸檬をひとかけ箸で摘まんで差し出す。 「あーんって。ひとりで食えるんだけど」  箸を持つ手ごと掴まれて、口元から離そうとしてきたので、無理やり押しつける。 そんな慎文に観念した和幸は耳朶を赤くさせながら徐に口を開けた。檸檬を食らおうと口を突きだす姿が小動物を連想させてたまらなくなる。  慎文は箸をひょいっと引き上げては、その唇に軽く触れるようなキスをした。 「おまっ。いくら治りかけだからってキスはっ」 「和幸が可愛かったからつい……。それに、これお湯に溶いて飲んだほうがいいから」  本当はもっと濃厚なキスをしたかったけど、和幸の咳が治まっていない手前で無理はできない。 「ならなんでまんま食わせようとしたんだよ」 「あーんしたら口実に和幸とキスできるかなーって思って……」 「お前なぁ、風邪うつったらどうすんだよ。責任負えないからな」  本当は困らせたいとは思ないけど、拗ねたように怒る和幸を見るのは楽しい。それに、和幸の風邪がうつったとしても好きな人の苦しみを慎文が請け負うことができるのであれば本望だった。  慎文は半ば上機嫌に蜂蜜檸檬をお湯に溶いて飲ませると「いくらかマシになった気がする。ありがとう」と終始苦しそうにしていた声が和らいだことに安堵した。  出前が届き、慎文が食べ終わるのを見届けようと食卓テーブルの向かいにじっと座る和幸が嬉しかったが、折角温まった体に毒である。慎文は早めに寝るように和幸を寝室へと促すと、自分もご飯を食べ終え、和幸のベッドの隣に布団を敷き、眠りについた。  眠りにつく寸前にふと考える。このまま家族のこととか考えずに和幸と一緒にいられればいいのに……。  そう簡単にはいかないこの先の未来に微かな不安を抱いていた。
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