chapter⑪

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家事をしながら、和幸に話すことを考えていた。 話そうと決意すればするほど、一日が落ち着かないのは当然のことで、掃除や買い出しをしながらも頭では何度も和幸に話すシミュレーションをしていた。  和幸のいない未来なんて考えられない慎文ではあるが、実際に和幸がどう思っているのかは神のみぞしる話だ。 照れた表情を目の当たりにすることはできても、彼は表立って気持ちを表すことがない。いつも冷静で、どれだけ好意を持たれているかなんて愛情表現の乏しい彼の思想を詠むなんて至難の業だった。  気が付けば日が落ち始めて和幸を迎えに行く時間が迫ってきていた。晩御飯は既に作り終えて温めるだけ。慎文は時間を見計らってジャケットを羽織ると和幸の勤めている職へと向かった。  建物前まで到着すると。会社のオブジェの前で彼を待つ。慎文は時刻を確認するためにスマホの電源を入れると、家族からの鬼のような連絡がおさまっていたことに安堵した。昨日、不在を貫いたことで諦めがついたのだろう。 今日一日は朝と昼に一件ずつだけ兄から連絡が入っている程度だった。  流石にやり過ぎの自覚はあるものの、今は家族の誰とも話す気にはなれない。連絡が入るだけでも鬱陶しくて着信拒否の設定をした。  暫くして午後五時が過ぎ、十分程経ってから会社の出入り口から和幸の姿を見つける。 「かずゆきー‼」   和幸に向かって大きく手を振る慎文の一方で、和幸は小さく脇腹辺りで手を振り返してきたが、赤い顔をしながら駆け寄ってきた。 「恥ずかしいから大声で叫ぶな」 「なんで?いいじゃん」 「お前の声は大きいんだよ」  和幸は口を尖らせて拗ねた様子で両手を両ポケットに入れて先を行く。慎文はそんな和幸の両腕を眺めながら手を繋ぎたい衝動に駆られていたが、彼は公の場で恋人らしいことを嫌がるのでぐっと堪えて、大人しく肩をならばせて歩いた。  和幸が隣にいるのにどこか気持ちが落ち着かないのは彼に話さなければならないことがあるからだった。 「なあ、慎文。ちょっと公園の方まで歩かないか?」  ふと、唐突に足を止めた和幸が振り返ってくる。 本当は一刻も早く帰宅して彼に家を出てきてしまったことを話してしまいたかったが、彼から誘ってくることは早々にない。 慎文は大きく頷き、和幸の提案に乗ると街の中で一番大きな公園の通りに向かって足を進めた。
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