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「それにお前と付き合うって決めた時点で一緒に暮らすことも視野にいれてた。簡単には進まない話だと思ってたから慎文とも時間かけて話し合って……」
「和幸、そんなことまで考えてくれてたんだ……」
慎文は歓喜のあまり、勢いをよく立ち上がると和幸が喋り終わらないうちに正面から抱き竦めた。不安に思っていたのは杞憂で和幸はちゃんと自分とのことを考えてくれていた。嬉しい反面、昨日の風邪のことといい、自分のことしか考えていなかった己の醜さに悔いる。
「まぁ、制度のことまでは考えていなかったけど。お前がそうしたいならちゃんと考えるのもありだよな、結婚とか……」
「和幸、取り乱してごめん。きっと俺ばかり和幸のことが大好きだって思ってたから、心のどこかで和幸はきっとそうじゃないんだと思って怖くて、和幸のことを繋ぎ止めるのに必死だった。俺、全然和幸のこと考えているようで考えてなかったんだね……」
「慎文は悪くねーよ。お前をそうさせたのは俺なんだから」
ふわりと和幸の手が後頭部を優しく叩き撫でてくる。それが心地よくて肩口に顔を埋めると更に強く和幸を抱き締めた。
和幸は自分より体格が一回り小さくても優しくて頼りになる。二十代後半になっても気持ちが不安定で子供のままである甘えた自分とは大違いだった。
暫くして後頭部の温もりがなくなると、肩口を掴まれてゆっくりと体を離される。
「もうなってしまったことは仕方ないし、明日は一旦家に帰れ」
「でも……」
和幸の右手をぎゅっと握る。このまま家出をしたままでは何も解決しない。分かっていても、味方が誰一人としていない実家で一人で立ち向かうのは足が竦む。それに、折角の和幸との連休は一緒にいたいのが本音だった。帰ってしまえば、下手したらもう会えなくなるかもしれない……。
「分かった、俺も着いて行くから」
「かずゆきっ」
そんな慎文の気持ちを汲み取ったのか、溜息を吐きながらも嬉しい言葉をくれる。感極まって再び抱き着こうとすると「もういいだろ。さっさと帰って飯食うぞ」と突き放されては、右手を掴まれ、手を繋いだまま駅方面へと向かった。
人目を気にするはずの和幸に繋がれた手に頬を緩ませながらも家路を急ぐ和幸の背中を眺めていた。
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