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chapter⑫
「ほら、中は入れよ」
夕暮れ時、自宅の門扉前。和幸に肩を小突かれたものの、扉を開く手は重い。和幸に言われた通りに一度自宅へ帰り、両親と話し合うこと決めた。兄には連絡を入れたので、今更引き返す選択肢はない。
それでも慎文にとっては家族とはいえ、和幸との関係を否定されることが目に見えている相手と真っ向勝負をするのは怖い。
何度か後方に立っている和幸に助けを求めようとしたが、頷いて「いけ」と言うだけで彼も彼で心を鬼にしているようだった。
「慎文、きたか」
腹をくくり、いざ扉を引こうとしたところで背後から和幸ではない声に呼び止められる。声の方を振り向くと、和幸のいる逆の方向に兄の康孝が突っ立っていた。作業着のままということは仕事を終えてそのまま家に来たのだろう。
「兄さん……」
あんな啖呵を切って出てきた手前、顔を合わせるのが気まずい。思わぬ敵陣からの先手に動揺で心臓の鼓動が早くなる。兄は顔を顰めると真っ先に慎文の元へと向かってきた。
「お前、何処行っていたんだ。仕事だって放りだして」
「見ての通り、和幸くんのところだよ……」
仕事を放り出して出てきたことに関しては申し訳ないと思っている反面、家を出る決断に至ったのは兄に関係を否定されたからであるが故に強気に出る。
兄は咳払いをして視線を慎文から斜め後ろの和幸に移すと一礼した。それに応えようと和幸も一礼していたが、心なしか表情が強張っているように見えた。
「いいから入れ。母さんと父さんが待ってる。和幸には悪いけど、とりあえず家族で話し合わせてくれないか?母さんの気持ちの整理がついてないようだからさ……」
てっきり和幸も自分の隣で話してくれると思っていたものだから和幸だけ外されるのは困る。三対一だなんて自分は勝てるわけがない。
しかし、そんな慎文の願いも虚しく兄に問われた和幸は、迷わず承諾してしまった。
兄は和幸の返事を聞くなり、先に扉を開けて玄関先で待っていた。心強かった見方がいなくなることが不安でたまらない。
家に入る前に和幸を見つめたが「実家にいるよ」と隣の和幸の家を親指で刺しながら言われてしまい、それ以上に縋ることはできなかった。
きっと和幸だって責任を感じているけど、相手にそう提案をされてしまえばのむしかない。今後の自分たちの為にも慎文がどうにか両親を説得して乗り越えなければならない。
和幸は必ず待っていてくれるから怖がる必要なんてない。本当の気持ちとこの先どうしたいのかを両親に話すだけ。
慎文は大きく深呼吸をすると、静かに頷いて兄の待つ玄関先へと足を踏みだした。
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