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慎文の話が終わったあと、家族間で沈黙が流れる。
父親の表情は変わらないが、話を聞いている間に冷静さを取り戻したのか深く頷く。母親は顔面蒼白にして溜息ばかり吐いていた。
「和幸くんと結婚するってことはどうなる事だか分かって言ってるのか」
沈黙を破ったのは父親だった。分かっているつもりだし、その覚悟はできている。
中心街と違ってまだ同性同士の交際が好奇の目で見られてしまうこの土地で、家業を続けながら和幸と暮らすことはできない。
牧場の仕事は幼いころから慣れ親しんできたせいか、好きだしできれば離れたくはなかった。
しかし、和幸と一緒になることを天秤に掛けたら慎文にとっては断然和幸が優先的だった。
「分かってるよ……。父さんたちには迷惑かけないようにするから、俺たちのこと認めて欲しい」
「迷惑かけないようにって言われてもなぁ……」
「ねぇ、慎文。貴方にはちゃんとお嫁さん見つけて結婚してもらわなきゃダメなの。いい加減目を覚ましてちょうだい、母さんがいい人見つけてあげるから」
「母さんは黙っててよ。俺は何度も言うけどお見合いなんてしない。和幸くん以外なんか愛せない」
「やっぱり駄目だ。お前が良くても親戚中に知れ渡ったら俺が恥をかくんだぞ。とりあえずお前は頭を冷やせ」
和幸を愛することが恥だなんて思われてしまう現状と何度訴えても理解してもらえないことが悲しい。
だからといって、全てを丸くおさめるために自分の気持ちを我慢することはしたくない。今までだって和幸を好きでいることを制御してきたのだから……。
「頭を冷やせって、俺は至って冷静に話してるんだよ。父さんや母さんがなんて言おうと俺の気持ちは揺るがない」
「いいから、金輪際向こうの家の奴に会いに行くな」
「なんで、何がいけないんだよ」
お互いの主張がぶつかり合い、口論が激しさを増す。痺れを切らした父親が怒鳴り声をあげてきたので身体が一瞬だけ震えた。
「何がって考えたら分かるだろ。お前は矢木田家の息子なんだぞ。農場の息子が男と結婚なんて話聞いたことがない。康孝だって真面な結婚をしてるんだからお前も大人しく母さんの言うことを訊け」
父親も兄にも揃いも揃って同じ言葉を返される。聞いたことないから否定される意味が理解できない。矢木田家の息子だから、親戚の目が気になるから。そんな理由ばかりで腹が立ってくる。
矢木田の息子以前に自身の人生なのだから他人にとやかく言われる筋合いはない。
「わかった……。和幸くんに会っちゃダメって言うならこの家出て行くよ。もう帰ってこない。誰が何と言おうと俺は和幸と暮らす」
しびれを切らした慎文はテーブルを思い切り叩いて立ち上がる。すると、父親もそれに対抗するようにテーブルを叩いて立ち上がった。
「この恥知らずな奴め。なら勘当だ」
父親と睨み合う中で兄が「親父、それは言い過ぎだろ」と止めに入ったが慎文の意志は固かった。
「兄さん、いいよ。お世話になりました」
勢いのままリビングを飛び出し玄関で靴を履く。兄と母親が玄関先まで引き止めに来たが振り切って自宅を後にした。
もうあの家には戻れない。戻りたくない。
あのまま素直に話を聞いて、説得できるまで待っていたって有耶無耶にされてしまうのが目に見えていた。
下手したら、和幸と会うことを許されないまま話を無かったことにされかねない。
なら一層の事、家から離れてしまったほうが好都合だった。家を飛び出したものの結果的には解決には至っていない。
慎文は近くの公園のブランコに腰を掛けて頭を抱える。
和幸にいい報告をするつもりでいただけに、やるせない気持ちでいっぱいだった。
和幸の実家で待っているという彼に合わせる顔がない。やはり自分じゃどうにもならなかったことに酷く落胆していた。
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