2「はじめてのおつかい」は、三度もやり直す ~異世界の単位~

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 またまたクロノスの技で巻き戻った時間が、動き出す。  なお、時の遡りを何度行っても、寿命が縮まるといったペナルティはない。読者が減っちゃうかもしれないが、時間の神クロノスもそこまではわからない……。  医師はパリスに使命を告げ、拳を作って見せた。 「市場に行って、オリーブの実、こんぐらい買ってきてちょ」 「こんぐらいですね。市場ってどこですか?」  パリスも拳を作って、ヒポクラテスに確認を求める。 「あっちじゃ。まっすぐ歩いたらすぐ市場に着くよ~ん」  医師は通りを指さした。 「わかりました! すぐ行ってきます!」  勢いよく若者は飛び出していった。 「お~い……お金、忘れとるよ~」  医師が追いかける前に、パリスの姿は消えていた。  屋外の広場のあちこちに、物売りの屋台が置かれている。  パリスは、オリーブの実がどっさり売ってある屋台を見つけた。 「オリーブをこれぐらいください」  屋台の女店主に、パリスは拳を作って見せた。 「あいよ。お金は?」 「お金? あ……」  パリスは自分の迂闊さに気がついた。 「持ってないです。その……田舎にはお金がなくて、僕はいつも森で捕まえた兎と交換してたけど……」  田舎から出た狩人は周囲を見渡した。都会の市場の周りには、兎が潜んでいそうな森はない。 「いいよ。あたしの頼み、聞いてくれたら、オリーブやるよ」  パリスは顔を輝かせた。  やった! 初めてちゃんとしたクエスト来たぞ!  ミノタウロスをやっつけろ? ゼウスの杖を盗め? えーい、何でも来い! それぐらいじゃなければ、まだ正体が全然わからないラスボスなんて、倒せるわけない。 「ふふふ、あんた、いい男だよね。だから『壁ドン』やってみせてよ」 「『壁ドン』? あ、ダメですよ。うちの田舎、家が日干し煉瓦なんで壁叩いたらすぐ崩れちゃうんです」 「この辺の建物は石でできてるから大丈夫よ。さ、あたしが手本見せるから、やってみせて」  店主に言われるがまま、パリスは素直に「壁ドン」をやった。すごいおまじないなのだろうか、と疑問に思いつつ。 「きゃあああ、キターーー♪♪♪ イケメンに『壁ドン』やってもらうの夢だったのよお。じゃ、オリーブおまけするよ」  よくわからないが、パリスは両手に余るほどのオリーブを抱えて、ヒポクラテスの元に帰った。  いつまでもお金を取りに帰らないと心配していたヒポクラテスは、思った以上の収穫に顔をほころばせる。  もちろん、弟子入りは認められた。  突然、パリスがイケメンだと明かされたが、聡明な読者さんは、ギリシャでパリスとくればイケメン、と思ってくれるはず。だからこれは、ご都合主義でも設定改変でもなんでもない。なんでもないの!  とにかく「はじめてのおつかい」は無事に達成され、パリスも、そして天空の造物主も心から安堵した。 (二度と、単位の問題には関わらない!!)
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