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その知らせは突然に~私がテレワークになったのは~
「重度の虚血性心不全です」
――私は、最初、目の前の医者が何を言っているのか分からなかった。
「直ぐに、緊急入院の必要があります。このままでは、市之瀬さんの命に関わりますよ」
医者に促され――酷く混乱した頭のまま、恋人の入院の手続きを進めていく私。
「取り敢えず、投薬治療で、心臓が回復するか様子をみましょう。長期になるかもしれないことを、覚悟してくださいね」
長期の入院……それで、私の幼なじみであり恋人である健悟は、果たして戻って来るのだろうか。
それなら、私は喜んで何でもするし、何だって差し出すのだが。
延々と医師の説明が続く中、私の頭はただ1つ、ある言葉だけに支配されていた。
――「このままでは、市之瀬さんの命に関わりますよ」
大切な恋人が……健悟がいなくなってしまうかもしれない?
(――あの笑顔を、もう、2度と見られなくなる、と?)
おかしいな。
私は、昔、国語を何より得意として教鞭をとっていた位なのに……今は、医師が話す言葉の意味が、何1つ分からなかった。
「工藤さん?聞いてますか?工藤さん」
医師にそう呼び掛けられ、はたと我に返る私。
そこから、数時間前に健悟が受けた検査の結果の詳細を私は聞かされる。
よく覚えていないが、何かの数値が1583で――普通の人の値(20位らしい)の500倍以上あったらしい。
医師曰く、この数値が高いのは完全に心不全を示しているのだそうだ。
それで、緊急入院ということになったらしい。
「なので、今日から毎日、注射で薬剤を投与していきます。注射で薬剤を直接送り込む方が、やはり、速く良く効きますから」
「え、注射?!俺、痛いのやだ!」
私の腕にすがり、子供の様に駄々を捏ねる健悟。
私は、彼のアッシュブロンドの髪を優しく撫でると、「大丈夫だよ」と囁いた。
まるで、自分自身も安心させるかの様に。
すると、私の言葉に安心したのか、健悟がふわりと花の様に微笑んだ。
その笑顔が堪らなく愛おしくて、人前なのにも関わらず、つい、私は彼を強く抱き締める。
「毎日、逢いに来るからね」
「優は心配症だなぁ。でも、ありがとう。凄く嬉しい」
私を見上げ、変わらぬ笑顔を見せてくれる健悟。
その瞳が涙で潤んでいるのは――きっと、彼も不安だからなのだろう。
そんな不安を打ち消す様に、私は抱き締める腕により一層力を込めた。
――死神なんぞに、この可愛い恋人を渡してなるものかという気持ちも込めて。
……私は、知っている。
このコロナ下に於いて、通常の病院では、面会はほぼ禁止されている。
許されるのは――余程病状が重い患者か、命の期限が決められた患者だけなのだ。
少なくとも、以前、私の母が入院していた病院はそうだった。
それを踏まえると、私の面会が許された理由も自ずと見えてくる。
私の大切な恋人の病状は、私の『面会が許される程に』良くないのだ。
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