2177人が本棚に入れています
本棚に追加
/236ページ
はっとして瞳を上げる私。
そこには、先程とは打って変わって、優しい微笑みを浮かべた健悟の顔があった。
「優。大丈夫だよ。俺は、絶対に優を置いて逝ったりしないから。結婚する時、約束したじゃん?ずっと一緒にいるって」
「健悟……」
ああ……この恋人は、こんな時でも自分のことより、私の心配をしてくれるのか。
(本当は、自分だって不安だろうに……)
しかし、自分の不安は押し殺して、必死に気丈に振る舞うその姿に、愛しさが込み上げ、私は彼を強く抱き締めた。
「……ごめんね、健悟。ありがとう……」
そうして、私は彼を自分の膝の上に座らせると、そのまま何度も口付けを交わす。
「愛してるよ。君を死神にだって渡すものか」
とても不遜な言葉だが、紛れもない私の本心だ。
と、私の言葉に健悟が笑みを漏らす。
「クサイ台詞。優がそういうこと言うのって、珍しいよな。……けど、嬉しい。ありがとう、優」
そう告げると、健悟は、ほんの少しだけ背伸びをして、私の額にキスを落とした。
2人で何度も、互いにキスの雨を降らせる甘い時間。
口付けの雨に身を委ねて――くすぐったそうに身を捩る健悟の表情が何とも言えない程甘やかで、つい、私は健悟の服に手をかける。
が、そこから先は他ならない健悟自身の手によって遮られてしまった。
「続きは、検査が終わってから、な?」
愛くるしく片目を閉じる健悟に、渋々引き下がる私。
大切なのは幼なじみの健康だ。
私としては蛇の生殺し状態だが致し方ない。
検査が終わったら、休みでも取って幼なじみに存分に溺れるとしよう――そう心に決め、健悟の掛かり付けの病院に連絡を入れる私。
……それが、まさか、こんなことになるなんて。
別に、検査を軽く考えていた訳じゃない。
健悟の体はとても繊細だから……突然、何が起きてもおかしくないのは理解していた。
それでも――。
頭が理解をしていても、心が全く追い付いていかないのだ。
小学生の頃から一緒にいた、あの健悟がいなくなるかもしれない――。
彼がいなくなるなんて、考えたくもなかったし、考えてもみなかった。
何より、私達は一週間前に結婚して――夫婦になったばかりなのである。
全てはこれからという時に、何故――。
そんなことを延々と頭の中で自問自答しながらも、健悟の着替え等を取りに、一旦自宅に戻る私。
2人の部屋で健悟の着替えを探しながら――不意に、私は、言葉には言い表せない寂寥感に襲われる。
(……この部屋、こんなに広かったか?)
部屋の大きさ等変わらない筈なのに。
健悟のいない部屋は、私1人には広すぎて……何故だか胸が詰まる様な気がした。
いや、部屋だけじゃない。
健悟がいないだけなのに、家全体が暗くて、広すぎる気がするのだ。
最初のコメントを投稿しよう!