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その、家中から感じる何とも言えない感覚に、私はつい舌打ちをする。
「……ああ、くそっ」
次いで、まるで自分の鬱屈とした気持ちをぶつける様に、私は手近にあったクッションを壁に投げ付けた。
と、壁にぶつかったクッションが、床に置いてあった健悟の大切なラジカセの上にずるりと落ちる。
その拍子に、偶然スイッチが押されてしまったのか――ラジカセから歌が流れ出した。
健悟が好きで、よく聞いていたレディ・アンテベラムの歌だ。
『♪Just a kiss on your lips in the moonlight
月明かりの下 あなたの唇にたった一度だけキスを
Just a touch of the fire burning so bright
心の中に眩い炎の煌めきを感じるわ
And I don't want to mess this thing up
この愛を失いたくないから
No, I don't want to push too far
ゆっくり2人のペースで歩んでいこう♪』
「……何で、よりによって、こんな時にこんな歌……」
ラジカセを切ろうとして、私は手を止める。
――私には、切れなかったのだ。
この歌を聞くと、今でも健悟がこの部屋にいて……隣で笑っている様な気がして。
『♪Just a shot in the dark that you just might
暗い闇に射し込む一筋の希望の光のように
Be the one I've been waiting for my whole life
あなたが、ずっと待ち続けてた運命の人なんだって
So baby, I'm alright with just a kiss goodnight
だから、たった一度のおやすみのキスだけで私は大丈夫なの♪』
明かりも物音も消えた、暗くて静かな部屋の中に、ただ健悟のお気に入りの歌だけが響いていた。
私は、部屋の真ん中にぼんやりと座り込んだまま、ただ、黙ってそれを聞いていた。
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