その知らせは突然に~私がテレワークになったのは~

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――どれ程そうしていたのだろう。 「ちょっと、お兄ちゃん、大丈夫?!明かりもつけないで……!!」 私の意識は、帰宅した下の妹によって、現実に引きずり戻される。 ……戻りたくもなかった現実へと。 「留守電聞いたよ。健悟さんのこと、大変だね……。それ、入院の準備?手伝うよ」 声をかけられても、ほぼ微動だにしない私を心配したのか、隣に座り込み、健悟の着替えを鞄に詰め出す下の妹、花音(かのん)。 彼女はてきぱきと手を動かしながらも、絶えず何やら私に話し掛けてきた。 きっと、彼女なりの気遣いだったのだろう。 或いは、余りに危うく見えた私を、1人にしてはいけないと思っていたのか。 優しい彼女は、笑顔を向けながら、必死に私に言葉をかけ続けてくれた。 けれど、完全に心を閉ざしきっていたその時の私には……彼女の優しい励ましの言葉すら、とても耳障りな雑音に聞こえていたのだ。 だから、私は―― 「……五月蝿いな。ちょっと、黙っていてくれないか」 とても酷い、心ない言葉を彼女にぶつけてしまった。 私の放った言葉に、とても傷付いた表情をする花音。 彼女の大きな瞳が、みるみる内に溢れる涙で潤み始める。 と、パァンという乾いた音が部屋中に響き渡った。 同時に、私の頬に焼ける様な熱い痛みが走る。 思い切り頬を打たれたのだ。 私は、頬を打ったのであろう――目の前で仁王立ちをするもう1人の妹、奏穂(かなほ)を無言で見上げる。 いつの間に帰宅していたのか。 いや、私が気付かなかっただけで、彼女は恐らく花音と一緒に帰宅し、一部始終を聞いていたのだろう。 すると、奏穂は怒りに燃えた瞳のまま、強く私の胸倉を掴む。 そして、こう言い放った。 「あんたが腑抜けててどうすんのよ!!しっかりしろ、工藤優!!あんたは工藤家の長男で、健悟さんの旦那さんになったんでしょ!!」 いつも通りのキツくて厳しい奏穂の言葉だが――飾らない直球の言葉だからこそ、強く胸に響いて来る。 「それに、今1番辛くて寂しい思いをしてるの、あんたじゃない!健悟さんなんだよ!!夫婦なんでしょ?!こんな時こそ、側にいて支えてあげないでどうするのよ!!」 (……ああ、そうだ……そう、だよな。きっと、健悟が誰より辛い筈なのに……私は……) 奏穂の言葉に、漸く我に返る私。 彼女は、私の表情が変わったのに気付いたのか、掴んでいた胸倉を離すと、代わりに軽く私の胸を押す。 「分かったんなら、もう行ってあげて?きっと健悟さん、寂しくて泣いてるかもよ?荷物なら、私達が持って行ってあげるからさ」 頼もしい奏穂の言葉。 隣の花音も、まるで任せろと言わんばかりにこくこくと何度も頷いてみせる。 ああ、私は本当に―― 「最高の妹達を持ったな……。ありがとう、奏穂、花音」 それだけ告げると、私は2人をぎゅっと抱き締めた。 「まぁ、当然じゃない?私、兄貴と違って人間が出来てるんだから。それより、ほら!準備の邪魔なんだから早く行ってよね!」 明るく笑ってみせながら、そう私を追い立てる奏穂。 私は彼女に頷くと、取るものも取り敢えず、家を飛び出した。 そうして、車を走らせる。 健悟が待つ病院へと向かって――。 運転している間中、私は……私と健悟が、互いに意識をするきっかけになった出来事を思い出していた。
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