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俺が目を覚ますと、そこはいつぞや見た映画館の上映室だった。客は俺ひとり。もういつからここにいたのかも覚えていない。映画は安っぽいラブロマンス。主人公の男は、楽しそうに話すヒロインの笑顔をただ見ている。名前を呼ぼうとして、躊躇って、そこでやめた。俺はそんな主人公に、もっとしゃんとしやがれ、と思った。いつか見たくだらない映画のくだらないシーンを、ヒロインは楽しそうに話していた。俺と主人公だけが、それを見ていた。
この一回を最後に旅に出よう。俺はそう思ってネクタイに触れた。すっかりほどけてしまったネクタイからはもう煙草は出てこなかった。ネクタイの結び方も、俺は寝ている間に忘れてしまったらしい。俺はそんなことをぼんやりと考えて、月のことを思い出した。きっと次は俺が案内してやろう。服もそのままで良いし、下手なお辞儀だってみっともないだけだ。俺は紺色のスーツのポケットに手を突っ込んで、エンドロールを眺めた。
「鯨が宝を持ち腐れ......」
この映画は、エンディングとオープニングの曲が同じなんだ。
俺は席を立ち、古くなったローファーをぱかぱか鳴らしながら映画館を後にした。
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