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「名前を呼べ!」
灰色の工場はどうも騒がしかった。
「名前を呼べ!」
こうして俺は目を覚ました。何だか分からないような機械の音の中を走り回る蛙に蹴りを入れた。蛙は仰け反り、しばらく妙ちくりんな踊りを踊ったあと床のアスファルトに顔をついた。
「なんだ! やかましいぞ、何を騒いでるんだ」
苛立ちを全てこいつにぶつけてやろう。俺は出来る限り大きな声で怒鳴ってやった。そんな声が聞こえたのか聞こえなかったのか、彼はむくりと起き上がりこちらに向き直った。蛙の肌はみるみる赤くなった。今にも弾き飛びそうな白く濁った眼球に俺が映る。見事に三周渦を巻く殻だ。奴は床に散らばった資料をぺたぺたと踏みながら俺に近づいてくる。
「やい、け、けり、蹴ったな蹴ったな。 なあ、な、なんだって蹴りやがる」
怒り方のマニュアルでも読み上げているかのようだった。不器用な野郎だな、俺は鼻で笑うと起き上がりスーツの尻を手で払った。俺は蝸牛だがせっかちだった。くたくたになったローファーに躓きながら足を交互に出す。ポケットを漁ると隅の方にすっかり粉々になったクッキーが入っていた。
「なんだこりゃ、食えたもんじゃねえな」
下の方でさんざ怒っている蛙にそのクッキーを渡した。なんだか後ろめたそうな顔をして受け取ったからにはそれなりに嬉しかったらしい。
工場には至るとこに蛙がいてあちこち飛び回っていた。資料は空を舞い、それを追う蛙も空を舞い、その蛙にぶつかって資料がまた......。といった具合だ。どうにもここは目が回る。俺は空になったポケットに手を突っ込んで出口を探した。煙草が吸いたいんだった。
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