ばく侍

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 武士道とは死ぬことと見つけたり。  などと宣わってみても、いざ死のうとなるとなかなか踏ん切りがつかない。さりとて、敵は眼前に迫っている。闇の中の闇から作られたようなその禍々しい大鎌は、今まさに拙者の頭と胴体とを切り離さんと、頭上高くに振り上げられていた。  既に我が自慢の名刀・夢渡(ゆめわたり)は、無残にも折れてしまった。残る獲物は脇差しのみ。敵の手にかかるよりは、潔く自害し果てたほうが、侍の名誉は守られる。  あとは我が主人(あるじ)の覚醒に期待するかだが、未だその能力は封印されたままだ。 (お許しください、我が主人(あるじ)よ。拙者はあなたを守ることができませんでした)  悔しいが完敗である。心のどこかに隙があったと言われても仕方がない。敵を侮っていた。  侍として生を受けて以来、拙者は剣の腕だけは誰にも負けぬと、必死に技を磨いてきた。それもこれも、全て我が主人(あるじ)を守るため。  我が主人(あるじ)は特殊な星の下に生まれている。故に幼少の頃より、その命を狙わんとする、様々な敵に襲われてきた。その敵の魔の手から我が主人(あるじ)を守るのが、侍たる拙者の役目である。  初めて実戦の経験を踏んだのは、いつのことだっただろう。  最初の頃はまだ敵は容易かった。大きな顔だけのウサギやら、顔を白塗りにしたピエロやら、意地悪な子供やら、我が主人(あるじ)を狙う敵は華のお江戸の人口よりも多い。それがほぼ毎日、決まって人々が寝静まった夜にやってくる。  思えば実に様々な敵と戦ってきたが、それらは正直言って拙者の敵ではなかった。  派手に奇声を上げて向かってくる其奴らを、次から次へと拙者の自慢の名刀・夢渡(ゆめわたり)の錆に変えてやったのだ。  されど慢心とは恐ろしいものだ。思えば、その当時から、もう既に慢心の芽は芽吹いていたのやもしれぬ。敵が弱いのを、拙者の腕がいいのと勘違いしていたのか。  我が主人が少し成長してからは、敵の種類が変わってきた。斬っても斬っても死なずに立ち上がってくるゾンビやら、月を見て変身する狼の化身、(よこしま)な科学技術で作られたゴーレム。  拙者といえども、度々窮地に立たされた。されど拙者は侍の中の侍である。どんなに不利な形成に陥っても、最終的には我が剣の技が相手を上回った。  だが、今度の敵はどうだ。一見、なんの変哲も無い普通の人に見えた。どこにでもいそうな、頭の禿げかかった中年オヤジである。  なにやらブツブツと呪文のようなものを唱えている。なに、サインコサインタンジェント?奇妙な詠唱法の魔法であるな。しかし拙者には魔法は効かぬのだ。  他にも禍々しい大鎌を携えてはいるが、そんなものが拙者の身のこなしを捉えようはずがない。  軽く蹴散らしてくれる、と思って不用意に斬りかかった。ところが、斬っても斬っても、まるで刃が立たぬ。普通の人間のものと思われたその皮膚は、鋼鉄さえも斬り裂く我が名刀・夢渡(ゆめわたり)の刃を綻ばせたのだ。  あれか。かのマルコ・ポーロの東方見聞録に出てくるという、ジパングの住人か。その書によると、皮膚と肉の間に秘密の石を忍び込ませているため、刃が立たぬというが、それか。  これは厄介、と思ったが、奇妙なことにこのジパングの男は、突然、ウリィィィイ・・・、という奇声を上げたかと思うと、撤退を始めたのである。ところが、やれやれ、とホッとしたのも束の間、すぐにまた襲撃を開始する。また襲撃されたと思いきや、再び、ウリィィィイ・・・、と奇声を上げて撤退する。そして撤退したかと思ったら、再度襲撃に現れるのである。  どうも、その間隔は5分間。どうして5分なのか、理由は分からぬが、5分間襲ってきては、ウリィィィイ・・・、という奇声と共に、どこへともなく消えていく。  不思議に思ったが、すぐにその理由がわかった。緊張と弛緩を繰り返させることで、拙者の集中力を削ぐ作戦だったのであろう。その目論見は見事に成功し、拙者は命より大事な名刀・夢渡(ゆめわたり)を折ってしまったのである。 (最早、これまでか)  あるいは5分、なんらかの手立てを講じて奴を遅らせることができれば、助かるやもしれぬ。だが、侍とは惨めな生を選ぶくらいなら、死を望むものだ。 (我が主人(あるじ)よ、お許しください。せめて侍らしい死に方を!)  拙者は素早く脇差しを抜いた。そして刃先を敵ではなく、自分に向ける。  侍なら、自ら腹を切るべし。介錯の相手には不満があるが、致し方ない。無念なり。  そのときであった。どこからか大声が聞こえてきた。敵もその声に感づき、今まさに振り下ろされようとしていた大鎌の動きが止まる。  と、巨大な衝撃音がすぐ側でした。たった今まで拙者の目の前にいた敵が、猛烈な衝撃波を受けて吹っ飛ぶ。  問答無用。どんなに強大な敵だろうと、弾き飛ばす。その技が使えるのは、拙者が知る限り世界で一人しかいない。 「母上」  案の定、厳しい顔の母が、拙者の後方・三間(さんげん)ばかり先に立っていた。 「情け無い。この程度の敵に命を奪われかけるとは」 「かたじけない」  拙者の技は、全てこの母から教わったものだ。さすがの拙者も、母には頭が上がらぬ。 「夢渡(ゆめわたり)まで折られるとは。おぬしも修行が足らぬものよ。私が来なければ、おぬしの主人(あるじ)は、悪夢に飲み込まれてしまうところであった」 「まさかかような敵が現れるとは、拙者も夢にも思わず。西洋のホラー映画に出てくるような(やから)であれば、遅れなどとらぬのですが」  そのとき、再びあの、ウリィィィイ・・・という獣の叫びとも地獄の鬼の咆哮ともつかぬ、邪悪な音が聞こえてきた。  む、奴か?母上のあの技を食らっても、まだ生きていたのか? 「構わぬ。先を急げ」 「しかし、母上」 「急げと言うておる。()く、せい。学校に遅れるぞ」  ・・・ウリィィィイ、ウリィィィイ。  バンッ! 「ちょっとあんた、今何時だと思ってんのよ。いい加減に起きなさい!学校に遅れるわよ!今日はテストの日なんでしょ!」 「う・・・ん?あとちょっと。あと5分だけ・・・」 「問答無用!!」  我が主人(あるじ)の布団は母の必殺技によって無残にも剥ぎ取られた。目覚まし時計の時間を見て、青い顔で跳ね起きる我が主人(あるじ)。 「なんでもっと早く起こしてくれないんだよぉ!!」 「起こしたわよ!あんたがちっとも起きてこないんじゃないの!目覚ましだって5分おきに鳴ってるのに、なんで止めちゃうのよ!」  我が主人(あるじ)よ。とうとう覚醒されたのですね。しかし、心配には及びませぬ。拙者、バク侍、今回は悪夢に負けましたが、バクの中のバクでござる。今後どんな悪夢に襲われようと、きっと退治してごらんに入れまする。ですから、どうぞご安心してお眠りください。
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