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 しかし、とニハチは思う。  ――うらやましい。  自分の家族を諦めたくないという気持ち。自分の力で物事を解決しようとする意志の強さ。まっすぐな心が眩しかった。  そう、本当に諦めたくないものは、諦めてはいけないのだ。あがいて、あがいて、それでもどうしても手に入らないものがあっても、諦めたくなければ諦めてはいけない。  自分の心に正直なアカリが、うらやましい。  ――ニハチや。おおい、ニハチ……。 「……ハチ、ニハチちゃん!」  マッキーの声に、ニハチは目を瞬かせた。 「どうするの、ニハチちゃん。何か言いなさいよ」  そういうマッキーの声は少し潤んでいた。彼女はこういった家族モノにめっぽう弱いのだ。 「お願いします、ニハチさん。なんなら学校を辞めても構いません」 「へぇ……!?」  ミノルの驚愕の声も聞こえない。アカリは本気だった。立ち上がり、もう一度、頭を下げる。 「この通り」  蕎麦を食べた後、帰宅したアカリを両親はほっとした顔で迎え入れたものだ。  ――悪かった、アカリ。今度ゆっくり、ちゃんと話そう。  ――お父さんも、お母さんも、アカリのためならなんでもするから。  そういって眉を下げる両親に、アカリは叫びたかった。  じゃあ、離婚なんてしないで。嘘だと言って。  口に出せない言葉は、喉に引っかかって落ちていく。なんとかできないのだろうか。もう間に合わないのだろうか。もし間に合うなら、アカリはなんだってする。  家族がずっと三人でいられるなら、なんだって。  沈黙が痛い。みんながアカリに注目しているのがわかる。アカリは待った。  どれだけの時間が経ったのだろう、ふう、と息の吐く音が聞こえ、肩にぽんと手を置かれた。降り仰ぐ。ニハチがアカリの肩に手を添えている。 「いいですよ」  一瞬、何を指しているのか理解ができなかった。アカリの表情を見て察したのであろう、ニハチはもう一度言葉を添える。 「いいですよ。弟子にしましょう」 「ほ、ほんとに!?」  アカリは文字通り跳び上がった。もっと粘らなければ無理だと思ったのに。 「ただし」  アカリの目の前に、ずいっと人差し指が伸びてくる。 「学校にはちゃんと通うこと。勉強の手を抜かないこと。それから……」 「それから?」 「『二度化かし』を覚えること」 「ニハチ!」 「本気なの!?」  ミノルとマッキーは目を見合わせ、思わず声をあげてしまう。ニハチが『二度化かし』を、よりによって人間に教えるなんて、いったいどういう風の吹き回しなのだろう。  アカリは驚かなかった。大きなアーモンドのような瞳に闘志の光をみなぎらせ、喜色満面に頷いたものだ。 「なんでもやります。『二度化かし』? ってやつも、ちゃんと覚えますので、どうぞよろしくお願いします!」  モノ言いたげなあやかし二人の視線に気づいたのであろう、ニハチはたすきをきゅうと握ると、にっかりと笑った。 「おいしい蕎麦には、ちょっとしたスリルとサスペンスが必要なんですよ」 
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